春は別れと出会いの季節とよく言われる。実際、職場の人事異動や、子どもの卒業や入学など、年度替わりにはいろいろ出入りが激しくなるもの。とはいえ、「自分だけいつも同じ場所にいる。みんなに置いてけぼりにされている感じ」と孤独を感じている人たちもいる。
専業主婦歴20年、何のキャリアにもならない「普通、20年同じ仕事をしていたら、ベテランとは言われないまでも中堅ですよね。私は専業主婦歴20年以上ですが、何も変わってない。誰からも期待されていない。
この春、娘が就職、息子が大学入学と節目を迎えました。夫も異動になった。みんな何かが変わって新しいスタートを切っている。でも私はいつも同じ場所に根を生やしたように立っているだけなんだなとつくづく感じています」
暖かな日差しの中で、そんな暗い表現をするミサキさん(49歳)。短大を出て6年仕事をして26歳での結婚は、当時としてはごく普通だった。相手は職場の3歳年上の先輩で、妊娠がわかって一緒になった。
「婚姻届を出したのが妊娠8カ月のとき。彼は本当は結婚したくなかったんだと思う。でも私は彼が好きだったし結婚したかった。子どももできたから、絶対に捨てられたくなかったんです」
結婚してすぐ出産、その後は専業主婦になった。夫もそれを望んでいると思っていたのだ。たいして多くなかった夫の給料でやりくりし、ときには自分の預金を取り崩したこともある。いい妻、いい母であろうと頑張ってきた。
第二子を出産してからも家事育児はすべて彼女ひとりが担った。夫に手伝ってとは言えなかった。
「結婚してもらったという意識が強かったんですよね。どうしてあんなに遠慮していたのか。やはり食べさせてもらっていると感じていたからでしょうね。下の子が産まれてからは家でできる内職をせっせとしました。月に数万になればいいほうだったけど、それは全額、子どもたちのために貯めました」
夫は横暴なタイプではなかったが、非常にマイペースな人だった。休日に「さあ、みんなで夕飯を」と思っても、自室にこもって自分の趣味に熱中していると中断しない。結局、3人で食事をとり、夫が自室から出てきたら彼女は食事を作り直す。
「温め直すんじゃなくて作るんです。たとえばハンバーグを作ったら、夫の分は焼かない。夫が出てきたら焼く。フライでも天ぷらでもそうでした。平日も同じです」
生活の面倒を見てもらっているのだから、そうするのが当たり前だと思っていたという。
「おかしい」と気づいてはいてもミサキさんの母がそういう妻だったのだ。夫と義母に黙って尽くす。女はそういうものだとミサキさんは思い込んでいた。
「あれ、何かが違うと思ったのは、子どもたちが学校に行き始めて、ほかのお母さんたちと話したり子どもからの情報を得たりしたところからです。『平日は夫の食事は作らない』という人もいたし、『夫が遅く帰ってきたら、自分で温め直してもらう』という人もいた。
子どもは友だちの家に遊びに行って、『あの家のパパがご飯を作ってくれた』とうれしそうに言ったりする。私が子どものころは他人の家に行ったこともなかったし、キッチンに入る男性も少なかったけど、私の世代では当然だったんですよね。私が無知なだけでした」
それでも自分の“役割”を放棄するつもりはなかった。子どもたちが成長すると、昼食用のお弁当は3つに増えた。夫が深夜に帰宅して食事を作り直し、すべて片づけて寝るのが1時を回っても、彼女は4時半には起きて凝ったお弁当を作り続けた。
「お弁当とはいえおかずが少ないと夫がちょっとだけ不機嫌になるから。私は子どもがいてもいつも夫のほうを向いて主婦をしてきたような気がします」
夫の浮気を疑ったこともある。だが「信じない自分がいけない」と思い直した。娘が高校生のとき、「パパはそれほど潔白じゃないと思う」と言い出したが、そんな娘をミサキさんは叱った。
自分がこの家を、家族をまとめなければいけないという使命感で彼女は頑張ってきたのだ。だが娘は就職にともなって家を出て行った。職場が遠くて通えないという。息子は地方の大学を選んだ。
「ふたりとも3月半ばには越して行き、いきなりの夫婦ふたり暮らしになってしまいました。夫は淡々としていますが、私は食事の支度もする気がなくなってしまって。そんな私を見た夫が、『食事、作らなくてもいいよ』と言ったんです。せめて夫には頼りにされたかったのに……。
私はなぜか取り乱してしまって、今まで必死で作ってきたのに、あなたのためにやってきたのにと叫びました。
夫は『いや、別にオレ、頼んでないよね』って。え、え、どういうこと?と私はますます錯乱状態。『いつも凝ったお弁当を作ったり、オレが帰ってからわざわざ食事を作ったりしているけど、別にいいよ、そんなことしなくても。そうしてくれって頼んでないよね』って。ショックでした」
20年以上、自分は頼まれもしないことを、夫のためにと頑張ってきたのかと彼女は絶望感に襲われたそうだ。
夫に悪気があったわけではなく、今までも頑張りすぎていた妻を気にはしていたらしい。だがそれが妻の生きがいであるなら、水を差すのも悪いと思っていた。ふたりきりになったのだから、もう頑張らなくていいという意味だったのだ。
「オレ、頼んでないよね」という言い方は確かに酷だ。ほかに言い方があったはず。とはいえ、ミサキさんもそこまで絶望しなくてもいいのではないだろうか。
「それでも私は納得できなかった。私の20数年は無駄だったということなんだから。私は生き方を否定されたようなものですよね……」
将来に夢を抱いてスタートを切った子どもたちに愚痴を言うわけにもいかない。春なのに、自分だけが変化も訪れず、スタートも切れない。彼女はじっとうつむいていた。スタート地点を決めるのは自分自身なのではないだろうか。