コロナ禍を経てすっかり世の中に浸透した感のあるフードデリバリー。各社のロゴが入ったバッグを背負う配達員の姿は、もはや日常の一部になっている。画面越しでやり取りが完結するのは便利だが、一方で配達員への気遣いは希薄になってしまうのかもしれない。案の定、配達員の立場からすると不快な思いをすることは多々あるという。ウーバーイーツ歴3か月の木内正司さん(仮名・33歳)がとため息交じりで口を開いた。
◆留学の準備期間で始めてみた
木内さんは、最近まで東京に本社があるメーカーの資材調達部で正社員として勤務していたが、海外に語学留学するためにフルタイムの仕事に区切りをつけた。
「ウーバーイーツを始めた理由は、渡航用に設けた準備期間に『月10万円ぐらい貯金できれば……』という軽い気持ちからです。運動不足の解消にもなるし、気分転換にもなるので、悪くない選択かなと。ところが、今まで経験してきた職種ではあり得ない態度を取られることも多くて、想像以上にストレスが溜まっています」
◆なぜかキレ気味の客
前職は会社間の取引が主だったので、個人の人間性や性格が表に出ることはなかった。だからこそ、配達時に“本性”が露呈した場合、余計に気になってしまうというのだ。
「集合住宅なのに部屋番号を書いてない人はよくいます。届けようがないですよね。先日あったのは、『部屋番号を教えてください』と問い合わせると、『なんですか?』と。意味がわからず、もう一度部屋の番号を聞いたら『403』とだけ返信が。その人とは届ける際に対面したのですが、無言かつ仏頂面で……。なぜ怒っていたんでしょうかね……」
配達を終えた直後、木内さんには悪い評価がついた。
◆指定通りなのに悪い評価を付けられ…
配達員目線でしか気付かないポイントもある。置き配指定の際、“どこに置くか問題”だ。
「メモ欄に『ドアの前に置いといてください』と書かれていることがあります。当初は指定通りにドアの前に商品を置いていました。しかし、なぜか悪い評価が付くことが多くて……。よくよく考えてみると、ドアの前に置いたら開けたときに商品にぶつかって倒れてしまうと気付いたんです。それ以降はドアにぶつからないように『ドアの横』に置くようにしたら悪い評価は付かなくなりました」
客の指示に従っても良い評価に繋がるとは限らない。トップクラスの配達員は想像以上に頭を使っていそうだ。
◆「歯医者まで届けて」という依頼が
木内さんが経験した「1番最悪のケース」も自分が当事者だったとしたら非常に判断が難しいものだった。
「配達先に到着した直後に『いま歯医者にいるので、駅前の歯医者に届けてください』と言われたときです。ウーバーイーツを始めてまだ短く、どう対処していいのかがわからず、丁重に断りました。しかし、どうも納得していない様子ではありました」
その翌日ウーバーイーツのサポートから警告文のようなメールが届く。もちろん全く覚えのないことについてだ。
◆腹いせで通報された?
<ご利用のアカウントで赤信号で停止せず、蛇行運転があったという報告がありました。このような違反行為が確認された場合、深刻に事態を受け止め、配達パートナーとして今後プラットフォームをご利用いただけない可能性がございます>
「歯医者に持って行かなかったから、恐らく腹いせでウーバーイーツに通報したのではないかと思います。怒りを通り越して笑ってしまいました……」
ウーバーイーツには配達員専用のサポートが用意されている。逆上した客と電話で話すと、拗れるのは目に見えているのでサポートに相談するのが望ましいだろう。

さて、実は筆者もウーバーイーツの配達員なのだが、困った客の経験はいくつもある。
例えば、メモに「カトラリー類をすべてもらってください」と書かれていたことがある。店員にその旨を告げてみたが、お店側は「ネットの注文では必要な数しかカトラリーはお渡しできません」との一点張り。客にそれを伝えると配達後に悪評価が。本当に正解が分からない。
地面に置くのを避けてか、「ドアノブに掛けてください」という要望もよくある。面積が広く平たい容器や、縦長の容器にたっぷり入ったドリンクなど、掛けられないのは自明の理。無理に掛けようものなら、高確率で中身がこぼれるので、どうすべきか毎回思考を巡らせなければならない。想像力が少しでもあれば分かりそうなものだが……。
◆「タバコ買ってきて」と言われ…
また、あるとき店へピックアップへ向かっていたとき、「タバコのラッキーストライクを買ってきて。後でカネは渡すから」とお客さんからメッセージが来た。このように直で依頼されることもあるのだ。ただ、本当にその代金がもらえるかは分からない。ウーバーイーツの良いところは、無理な配達は配達員側でキャンセルできるということにある。店へは到着間際だったが、面倒ごとを避けるため筆者は即座にその配達をキャンセルした。
木内さんは、特にウーバーイーツに頼って生活しているわけではない。嫌ならいつでも辞められる。しかし、専業にして生活している人はそうもいかないだろう。ときに心無い態度をとられても、言い返すことなくじっと耐えるしかないのだ。
<文/佐藤祐紀>