鳥貴族ホールディングスが5月1日に焼鳥チェーン「鳥貴族」の価格を350円から360円に値上げすることを発表した。2023年に入ってから、「マクドナルド」「丸亀製麺」「かつや」「すき家」など大手外食チェーンが相次いで値上げを公表し、’22年に続く値上げラッシュの第2波が巻き起こりつつあるが、その中でも均一価格をとる鳥貴族の値上げはやはりインパクトが強い。
ただ、鳥貴族の今回の値上げについては、好意的に受け止めている消費者が多いようだ。Twitter上にも「値上げも10円にとどまってるのが流石」「まだ安い」「元が安すぎる」といったコメントが散見される。食材価格の高騰とエネルギーコスト増に対し、できる限りの経営努力をした上での値上げと受け取る向きが多いと推測される。
実際に鳥貴族は低価格と均一価格という売りを維持するため、これまでにさまざまな改良を重ねてきた。簡単に鳥貴族の歴史を振り返ると、鳥貴族の1号店は1985年5月に大阪府東大阪市に1号店をオープンしたが、実は創業時から均一価格だったわけではない。150円、250円、300円という3つの価格でメニューを組んでいたのである。
ただ、乗降客数が1日1万人にも満たない近鉄大阪線俊徳道(しゅんとくみち)駅前に店を構えていたこともあり、集客に苦戦して赤字経営が1年以上続いた。それを打破するために取り入れたのが均一価格だった。それによって売上げが倍増したことから、均一価格の焼鳥店としてのスタイルが固まっていくわけだが、多店化に本腰を入れるようになったのは’90年代後半になってから。その後、’05年に東京進出を果たしてから出店ペースが加速し、’07年に100店突破を果たした。
価格については均一価格の導入時は税抜250円。それから税抜280円(’98年~)、税抜298円(’17年10月~)、税込350円(’22年4月~)と変化しており、’23年5月に税込360円に価格改定される。280円だった期間が19年間ともっとも長かったこともあり、「鳥貴族といえば280円均一」と連想する向きが多く、実際に280円均一時代に鳥貴族はチェーンとしての仕組みを構築している。
均一価格に加え、鳥貴族の焼鳥チェーンとしての特徴は「店ごとに焼鳥の串打ちをしている」ということだ。鶏肉を串打ちしてから、商品として提供するまでの時間を短くし、品質の劣化を抑えることを目的にしているが、鶏肉の串打ちはかなりの重労働。店ごとに毎日数百本単位の串打ちをするのは現場スタッフの大きな負担になるが、それを防ぐために鳥貴族が取り入れたのが、仕込みと営業の分業だ。
日中に仕込み専門のスタッフが鶏肉を捌いて串を打ち、夜は営業専門のスタッフが焼鳥を提供する。串打ちして疲れたスタッフだと満足なサービスを提供できない、逆に疲れたスタッフが串打ちすると生産性が下がるという考えから、仕込みと営業の分業制を取り入れたが、これは店数が600店を超えたいまも変わっていない。
また、鳥貴族といえば、1本90gのジャンボ焼鳥「貴族焼」が看板メニューだが、この商品も均一価格を成り立たせるために考案された商品である。
鳥貴族HDの大倉忠司社長はインタビュー記事で「串打ちが大変だったら出る本数を減らせばいいじゃないかと。そう考えて1本のポーションが大きいジャンボ焼とりを看板商品にした」(柴田書店刊『月刊食堂』2018年8月号)と説明している。
つまり、貴族焼はお値打ちの看板メニューという役割だけでなく、仕込みの負担を減らす一挙両得の商品としてつくりだされたわけだ。
貴族焼は創業時からの看板メニューだが、出店を進める間に開発されたのが、貴族焼のためにカスタマイズされた焼き台である。既製品の焼き台だと、貴族焼が大きすぎて台からはみ出してしまうため、焼きにくく、焼き加減もブレやすい。貴族焼のサイズに合わせた特注の焼き台の導入によってそうした課題をクリアし、生産性を高めたのである。
鳥貴族には貴族焼のように均一価格のお値打ち度を高めるための目玉商品がいくつも用意されている。アルコールメニューであれば、大ジョッキの「金麦」、中ジョッキの「ザ・プレミアムモルツ」がそれにあたるが、かつてはシングルモルトウイスキー「山崎10年」のハイボールもメニューに揃えていた。
目玉商品の中にはその原価率が40%を超える商品もあるが、鳥貴族ではそれをメニューミックスの工夫によって原価率30%ほどに抑えてきた。フードであれば、冷やしトマトや枝豆、フライドポテトといった定番メニューが低原価。ドリンクであれば、サワー、チューハイなどがそれに当てはまる。
だがコストプッシュの動きは食材全体におよんでいるため、メニューミックスによって食材原価の高騰を吸収することが難しくなっている。
一方、鳥貴族では京セラ創業者の稲盛和夫氏が考案した経営管理手法である「アメーバ経営」を’19年2月に導入した。水道光熱費などにおける無駄なコストの削減、店舗業務における作業時間の短縮などに店舗単位で取り組むことによって適正な利益確保に努めてきた。
前述したように鳥貴族は’22年4月に税込350円に値上げをしており、1年余りの短期間で税込360円に価格改定することになる。今回の値上げの発表は、コスト削減に手を尽くしてきた鳥貴族でも経営努力だけでは賄いきれなくなるほどコストプッシュのスピードが速いことを表しており、外食のみならず、値上げラッシュがさらに激化することを予感させるニュースといえるかもしれない。
取材・文:栗田利之1975年生まれ。大学卒業後、編集プロダクション、レシピ本の出版社勤務を経て、2005年にフリーランスの記者になる。蠎禿捗馘紅行の飲食店経営誌「月刊食堂」の記者として15年以上にわたり、大手、中堅の外食企業や話題の繁盛店などを取材してきた。地味だけど堅実なチェーンモデルとして注目しているのは埼玉県下を中心に店舗網を拡げている「ぎょうざの満洲」