福岡市の大型商業施設で2020年8月、客の女性(当時21歳)が少年(17)に刺殺された事件で、少年院が適切な矯正教育を怠ったなどとして、遺族が国を相手取り、約6170万円の損害賠償を求めて、来週にも福岡地裁に提訴することがわかった。
少年事件で矯正施設側の責任を問うのは極めて異例。遺族は「事件を繰り返さないために、少年院の問題点を明らかにしたい」としている。
遺族側は、少年と母親にも、国と同額の賠償を求める訴訟を同時に起こす。
少年は昨年8月、殺人罪などで不定期刑の上限の懲役10年以上15年以下の判決が確定している。判決によると、当時15歳だった少年は20年8月28日夜、商業施設で包丁を盗み、性的な興味を抱いて客の女性の後をつけてトイレに入り、包丁を見た女性に自首を勧められたことに逆上。首などを包丁で刺して殺害した。地裁は「少年院などで長期間の処遇を受けたのに、粗暴傾向が改善されていない」と指摘した。
少年は幼少期から暴力を繰り返し、児童自立支援施設や病院を転々として少年院に入院。少年院を仮退院して更生保護施設に入ったが1日で抜け出し、その翌日に事件を起こした。訴状では、刑事裁判の記録を基に、少年院では投薬治療が中心で、暴力性や集団行動が苦手な特性を把握していたのに、集団生活などによって改善を図らず、仮退院後の投薬もしなかったなどと主張している。
再犯防止推進法などでは、国や自治体は非行少年の特性や心身の状況に応じた支援をし、入所施設などと適切な情報共有をすると規定。障害などがある少年については、少年院や保護観察所など関係機関が集まる「処遇ケース検討会」を実施し、きめ細かい支援を行うと定めている。しかし、少年が更生保護施設に入所が決まった際は検討会が実施されず、遺族側は必要な協議や情報共有を怠ったとも訴えている。
女性の母親は事件後、法務省の担当者と面会。仮退院の経緯や矯正教育の内容を尋ねたが、個人情報を理由に回答は得られなかった。母親は取材に「矯正教育はブラックボックスで、遺族でも経緯を知ることができない。娘のためにも、国の責任を問うことで何が問題で失敗だったのかを知り、検証につなげたい」と話す。同省は「訴状が届いておらず、コメントできない」としている。
法務教官として少年院で矯正教育に携わったことがある静岡県立大・津富宏教授(刑事政策)は「少年院での教育と事件の因果関係を認めるのは難しい面があるが、事件の経緯や矯正教育を広く検証することは必要。今回の訴訟は、矯正教育のあり方に影響を与える可能性もある」と話している。
■少年院で腫れ物扱い、「学びは特になかった」
「少年院は一言で言うと、『やさしかった』。自分とちゃんと向き合わなかった」。昨年7月、福岡拘置所で面会に応じた少年はこう話していた。
少年は小学生のときから病院などを転々とし、中学2年で第3種少年院(旧医療少年院)に入院。その後、別の少年院に移り、事件2日前に仮退院した。公判では「少年院での学びは特になかった」と述べた。弁護側も家族による虐待のトラウマが事件につながったとし、「少年院での治療が不十分だった」と訴えた。
少年院では、怒りのコントロールなど特性に応じた更生プログラムがあるが、少年は面会時、頭痛から自室で一人で過ごす時間が多かったと説明。「腫れ物扱いをされ、職員は関わってこなかった。口に(心身を落ち着かせる)薬を入れられていた記憶しかない」などと振り返った。
一方、仮退院は生活態度などで判断される。少年は「事件は感情のままやってしまった。(教育や治療で)治ったかは分からないが、薬で落ち着いたから出られた」と語った。