「なんなんだこの2人は…」藤井聡太-羽生善治、2日間にわたる“世紀の決戦”後にプロ棋士を驚かせたこと から続く
第72期ALSOK杯王将戦七番勝負第1局は藤井聡太王将も羽生善治九段も存分に持てる力と技を駆使して、素晴らしい将棋だったが、大阪府高槻市の「摂津峡花の里温泉 山水館」で行われた第2局はそれ以上の名局だった
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羽生の先手で相掛かりに。令和の相掛かりは形が多種多彩にわたるが、羽生が誘導したのは、2021年9月の藤井-横山泰明七段のB1順位戦と同一だった。後手の藤井が自陣角を打って盤面を制圧するというアイディアを見せて快勝し、そのまま定跡となり、その後数局指されている。羽生はあえて藤井の守備範囲に飛び込んでいったのだ。
両者の念頭にあったのは、今季のA級順位戦の豊島将之九段-斎藤慎太郎八段戦だ。先手の豊島が角を盤上から消すという工夫で勝っている。途中までその将棋と同様に進むが、藤井が手を変え、羽生が端から戦端を開き、飛車交換となる。
ここで羽生は驚きの攻めを見せる。角を打ち込み角をすぐさま金と交換し、その金をいきなり敵陣に打ち込んだのだ。
第2局は羽生善治九段(右)の先手番で始まった 時事通信社
終盤戦での角と金はまあ等価交換だから、これはまだ分かる。しかし、その金を敵玉から遠く離れたところに打つとは!
筋悪で歩切れで攻め駒不足、常識ではありえない1手だが、これがなんと最善手だったというのだから将棋は恐ろしい。というかなぜ羽生はこんな手を指せるのか。「なんなんだこの2人は」が第1局の感想だったが、本局は「なんなんだこの1手は」だ。
藤井は56分の大長考で玉の位置を直し、ここで1日目が終了する。2日目、羽生の飛車打ちで対局再開。藤井は馬を作り、じっと馬を中央に引きつけて手番を渡す。崩れないで持ちこたえるのはさすがだ。
ここで羽生は藤井と同じ56分の考慮で驚きの決断する。金を銀と両替して、すぐその銀を打って馬を中央からどかせ、竜で桂を補充した後に藤井にターンを渡したのだ。
おいおい、藤井に飛金銀香の持ち駒を与え、自由をも与えるとはなんたることか。藤井の攻めが怖くないのか?
藤井は、昼食休憩の1時間を挟んで1時間25分もの大長考で羽生陣に銀を叩き込む。玉頭には風穴が空き、馬と角が羽生陣をにらみ、見た目は助からない。
だが羽生はやっぱり羽生だった。
羽生は72分の長考で銀を取って、玉頭に銀のヘルメットをかぶせる。対して藤井が飛車を打って詰めろを掛けたところがハイライトで、すぐ銀を打つと歩頭への金捨てという鬼手があり寄ってしまう。だが歩を突いて、玉の逃げ道を作りつつ角を呼び寄せてから銀を打ったのが絶妙手。金1枚銀4枚の防波堤を築き、これでぎりぎりしのいでいる。この手順以外は負けという、まさに針の穴を通すような手順だ。
それでも藤井は大駒を切って銀をはがし、王手していく。
逃げる羽生、追う藤井、詰むや詰まざるや。藤井が4枚目の最後の銀を竜で取って王手をする。羽生の駒台には5種類の駒があり、合い駒できる場所も3ヶ所ある。つまり5×3=15通りの候補手があるが、詰みを逃れられるのはたった1つ。
羽生はすぐ持ち駒の香をつかみ、101手にて激闘が終わった。羽生が香を取ったのは63手目で、その後、香を使う機会は何度もあった。銀の代用として、または大駒の利きと止める駒として。だが、このときのために最後まで残していたのだ。
最後の合い駒すらノータイム 藤井は詰みがないことはわかっていたし、羽生が受け間違えるとはつゆほども思っていない。唯一の香合の盤面をつくり、そこで終わりたかったのだろう。本局は、天才2人が作り上げた名局であり、芸術品である。 局後のインタビューで羽生は「最後も怖かったんですけど、何かあったらしょうがないと、詰まなくて良かった」と語っていたが、怖いなんてうそだ。スリルを楽しんでいたのではないか。その証拠に玉を逃げるとき、1時間以上あったのにノータイムで指したではないか。最後の合い駒すら時間を使わなかったではないか。 第1局は藤井が45分を残して、銀の合い駒に羽生は投了したが、第2局は羽生が1時間2分も残し、香の合い駒で藤井を投了に追い込む。とてもノンフィクションとは思えない。この対局の3日後、将棋連盟で羽生に話をうかがった 第1局の観戦レポートで「羽生善治が戻ってきた」とつづったのは間違いだった。「25歳七冠王」の羽生が戻ってきたのだ。 藤井の経験ある形どころか、藤井が定跡を作った戦型に誘導して、異形の金打ちで敵陣を破壊し、絶妙のしのぎで逃げ切る。藤井相手に、1時間も持ち時間を残し、こんな勝ち方ができるのが52歳のわけないだろう。 この対局の3日後、将棋連盟で羽生に話をうかがった。――あの金打ちはどこで思いついたんですか。「(53手目の)角を打つところで▲8二金までは読んでいました」――最後、香合いで逃れているのはどこで読んでいたんですか。「ええ(81手目の)▲6九銀と打つところで香合いで詰まないと読んでました」 対局中とはまったく別人の、にこやかな顔で答えた。羽生が「ひょぇー、そうなんですか」と驚きの声 感想戦の動画を見ると、第1局以上に楽しそうだった。2人とも、将棋が好きで好きでしょうがない少年に戻っている。 それを正立会の谷川浩司十七世名人と副立会の稲葉陽八段が、ずっと正座を崩さずに見守っている。 藤井が銀を打ち込んだ局面、この代わりに何を指すかというところで稲葉が「AIが示した手なんですけど」と前置きして、自陣飛車の受けを示す。両者とも驚きの声を上げ、羽生が「ひょぇー、そうなんですか」と言うと、藤井が「常識的には自信ない」と言って、全員で笑う。 1週間後にはもう第3局があるというのに、A級順位戦最終局では藤井と稲葉が戦うというのに、なんという良い笑顔だ。60歳の谷川、52歳の羽生、34歳の稲葉、そして20歳の藤井が、年齢をこえ、ひとつの盤を挟んで、将棋の真理を追求する姿は美しい。 ああ、現地で見たかった。 藤井の先手番となる王将戦七番勝負第3局は、1月28日(土)、29日(日)の両日、石川県金沢市の金沢東急ホテルで開催される。(勝又 清和)
藤井は詰みがないことはわかっていたし、羽生が受け間違えるとはつゆほども思っていない。唯一の香合の盤面をつくり、そこで終わりたかったのだろう。本局は、天才2人が作り上げた名局であり、芸術品である。
局後のインタビューで羽生は「最後も怖かったんですけど、何かあったらしょうがないと、詰まなくて良かった」と語っていたが、怖いなんてうそだ。スリルを楽しんでいたのではないか。その証拠に玉を逃げるとき、1時間以上あったのにノータイムで指したではないか。最後の合い駒すら時間を使わなかったではないか。
第1局は藤井が45分を残して、銀の合い駒に羽生は投了したが、第2局は羽生が1時間2分も残し、香の合い駒で藤井を投了に追い込む。とてもノンフィクションとは思えない。
第1局の観戦レポートで「羽生善治が戻ってきた」とつづったのは間違いだった。「25歳七冠王」の羽生が戻ってきたのだ。
藤井の経験ある形どころか、藤井が定跡を作った戦型に誘導して、異形の金打ちで敵陣を破壊し、絶妙のしのぎで逃げ切る。藤井相手に、1時間も持ち時間を残し、こんな勝ち方ができるのが52歳のわけないだろう。
この対局の3日後、将棋連盟で羽生に話をうかがった。
――あの金打ちはどこで思いついたんですか。
「(53手目の)角を打つところで▲8二金までは読んでいました」
――最後、香合いで逃れているのはどこで読んでいたんですか。
「ええ(81手目の)▲6九銀と打つところで香合いで詰まないと読んでました」
対局中とはまったく別人の、にこやかな顔で答えた。
羽生が「ひょぇー、そうなんですか」と驚きの声 感想戦の動画を見ると、第1局以上に楽しそうだった。2人とも、将棋が好きで好きでしょうがない少年に戻っている。 それを正立会の谷川浩司十七世名人と副立会の稲葉陽八段が、ずっと正座を崩さずに見守っている。 藤井が銀を打ち込んだ局面、この代わりに何を指すかというところで稲葉が「AIが示した手なんですけど」と前置きして、自陣飛車の受けを示す。両者とも驚きの声を上げ、羽生が「ひょぇー、そうなんですか」と言うと、藤井が「常識的には自信ない」と言って、全員で笑う。 1週間後にはもう第3局があるというのに、A級順位戦最終局では藤井と稲葉が戦うというのに、なんという良い笑顔だ。60歳の谷川、52歳の羽生、34歳の稲葉、そして20歳の藤井が、年齢をこえ、ひとつの盤を挟んで、将棋の真理を追求する姿は美しい。 ああ、現地で見たかった。 藤井の先手番となる王将戦七番勝負第3局は、1月28日(土)、29日(日)の両日、石川県金沢市の金沢東急ホテルで開催される。(勝又 清和)
感想戦の動画を見ると、第1局以上に楽しそうだった。2人とも、将棋が好きで好きでしょうがない少年に戻っている。
それを正立会の谷川浩司十七世名人と副立会の稲葉陽八段が、ずっと正座を崩さずに見守っている。
藤井が銀を打ち込んだ局面、この代わりに何を指すかというところで稲葉が「AIが示した手なんですけど」と前置きして、自陣飛車の受けを示す。両者とも驚きの声を上げ、羽生が「ひょぇー、そうなんですか」と言うと、藤井が「常識的には自信ない」と言って、全員で笑う。
1週間後にはもう第3局があるというのに、A級順位戦最終局では藤井と稲葉が戦うというのに、なんという良い笑顔だ。60歳の谷川、52歳の羽生、34歳の稲葉、そして20歳の藤井が、年齢をこえ、ひとつの盤を挟んで、将棋の真理を追求する姿は美しい。
ああ、現地で見たかった。
藤井の先手番となる王将戦七番勝負第3局は、1月28日(土)、29日(日)の両日、石川県金沢市の金沢東急ホテルで開催される。
(勝又 清和)