静岡県裾野市の私立「さくら保育園」で30代の保育士3人が、園児の両足を持って逆さにして宙づりにする、カッターを見せて脅す、頭をたたくなどの虐待を繰り返し、12月に暴行の容疑で逮捕されたことは、大きな波紋を広げた。そして、他の保育園でも起こっている虐待や不適切な保育が、次々に表面化している。
第二次安倍晋三政権下で待機児童対策が国の目玉政策となり、急ピッチで保育園が増えたことには功罪がある。
確かに、受け皿が増えたことで助かる保護者は増えた。一方で、国の規制緩和によって雨後の筍のようにブラック保育園が出現。そして、空前の保育士不足に陥ったことで、保育の質は確実に低下した。
〔PHOTO〕iStock
公的な保育園は、2013年度の2万4038ヵ所から2022年度は3万9244ヵ所に増加。そのうち、営利企業による認可保育園は2013年の488ヵ所から2020年に2850ヵ所に急増した。大学や保育関係者によれば、この間、営利企業が運営する保育園では、卒後3年以内の離職率が35%以上ということが珍しくもなくなり、半数以上が早期に辞めるという事態にも陥った。「配置基準を守るためなら、保育士の資格さえあれば誰でもいい」と採用され、十分な研修や教育もされないまま現場に配置されて保育士が疲弊していく。事業拡大と経営効率という名のもとで、子どもの人権や子どもの尊厳を守ることが二の次になった現場は少なくなかった。子どもの閉じ込め、差別的発言…例えば3年前、拡大路線を走る企業が運営する都内の認可保育園では、不適切な保育を理由に園長を筆頭に主任保育士、保育士が退職した。具体的には、園長が園児の意に反して“変顔”の写真を撮るなどしていたことが発覚していた。その保育園で保護者への説明会が行われた時、保護者からは園や運営会社に対して、ほかにも以下の問題が指摘されていた。「子どもの閉じ込めがあった」「外国人籍の子どもへの差別的発言があった」「外国人籍の子どもが泣いているのに一人で廊下に出されていた」「お迎えに行った時に保育室に保育者が誰もいない状態があった」「園児の年齢の発達に見合わない保育が行われていた」「保育者が園児を“こいつ”と呼んでいた」 そして、元保護者はこう語った。「(新型コロナウイルスの感染拡大の前にもかかわらず)食事中に一切話してはいけないと園児は指導されていたため、私の子どもは食事中に話すと怒られると思い込んで、家でもしゅんとして黙って食べるようになりました。保育園では、トイレにいくにしても、常に何かしていいか、子どもが保育士に許可を得ないと何もしてはいけない保育でした」さらには保育がマニュアル化し、時間で区切った保育が行われていたという。子どもが主体的に絵本を読んでいても、時間で区切って保育士が絵本を取り上げ終了させていた。保育士は保護者に会っても挨拶もせず、保育園の清掃は不十分で床が汚いまま。また、園内にある玩具の数が極端に少なかった。筆者が系列園の状況を調べると、複数の関係者が「一般家庭よりも園の絵本や玩具が少ない」と口を揃えた。公費から出ているはずの保育に使う材料費が、コストカットされていた。同保護者は、「保育に不安を感じたため、少しでも早くお迎えにいって保育園で子どもが過ごす時間を減らしたかった」と話し、本社の責任者と面談をして現場の不適切な保育の現状を訴えた。筆者はその一部始終が録音された音声データを入手し、最初から最後までを聞くと、本社側は、「不適切な保育」のことを常に「事象」という言葉でかわしていた。筆者が録音を聞く限り、保護者が保護者として当然の範囲で感情が高ぶったところで、本社の責任者は冷静に「脅迫だ」「法的措置をとる」と発言していた。当時、同社に対して事実確認などを求める取材を依頼したが、取材は断られた。裾野市のケースなどは問題が表面化しているが、このような形で埋もれたままの不適切な保育は多いはず。それを知らずに子どもが入園、保育士が就職するケースがあるのだから、現場で問題が起こった時、それに真摯に向き合わない園側や事業者側の姿勢は、厳しく問われなければならないだろう。 不適切な保育が起こる理由なぜ不適切な保育が起こるのか。保育が福祉行政の一貫であるということが忘れられ、保育士の人件費が軽んじられることに大きな要因があると、筆者は考える。安心だと思われがちな公立の保育園では、保育士が地方公務員の立場にあるため、地方公務員減らしのなかで正職員を多く配置できず、約半数が非正規となっている。公立保育園を民営化することで、地方公務員としての保育士を減らして自治体の人件費支出を減らす傾向も強まっている。2000年以降は規制緩和によって社会福祉法人だけでなく、営利企業、宗教法人、NPO法人も認可保育園を設置・運営できるようになった。これまで筆者が問題提起し続けているように、事業者によっては認可保育園の運営で利益を確保し、事業を拡大するため人件費が抑制されることにつながっている。保育を主力として株式上場する企業も存在する。利益を出すために賃金を低く抑える、人員配置を最低配置基準ギリギリにする、という手法がとられれば、保育士の労働は必然的に辛くなる。さらに配置基準の要件が2002年に規制緩和されたことで、保育士の全てが「正社員」や「常勤職員」でなくても良くなっている。経営効率を考えれば、賃金を低く設定しやすいパートの保育士や派遣の保育士で基準を満たすことがまかり通るため、正社員には大きな負担が生じ、保育士が一斉退職するケースも後を絶たない。これで子どもの尊厳や安全を守り、保育の質を維持できるだろうか。保育の質を評価することは難しいが、子どもの人権を守るという最低限のことが守られず、保育士による虐待が起こっている。それが現実だ。保育士の言動をカメラで監視保育園に監視カメラが設置され、それが子どもや保育士を守るためではなく、利益を上げたい経営側への反乱を押さえる目的として使われているケースもある。これまでの取材から、保育士の言動をカメラで監視し、本社に労働条件や保育の質について物申す保育士や園長を退職に追い込むための「粗探し」に使われるケースが複数あった。そして、苦言提言する職員を辞めさせる時には、急に本社に呼び出し、その場で退職届けと口外禁止の誓約書を書かせるケースもある。保育士の人件費を抑えてその分を施設整備に回して事業を拡大し、経営者だけが利を得るケースは多々ある。今では「もう保育は儲からない」と経営者が放り出し、保育運営事業者のM&A(企業の合併・買収)が活発化している。空前の保育士不足に加えて、保育をするのに資質がない経営者が多く参入したことによる質の低下は著しい。 都内で数か所の保育園を運営するある経営者はこう話す。「地域でM&Aがあった保育園を見ると、経営者は保育の質なんて考えていません。ただ事故なく預かればいいというレベルです。保育士も若いうちからそうした保育に慣れてしまって、質を求めないようになります。だから、M&Aが起こって経営者が変わっても平気な保育士しか残らない。そうした近隣のある保育園では、アル中で昼間から飲酒するような保育士を雇っています。保育園を『店舗』と公言する経営者の下で働いていた保育士が、定員を満たしているのに、『売り上げを上げるためにもっと子どもを入れろ』と命じられ、逃げるようにして辞めて、うちに就職しました。そうした保育園では、保育の基本である人権が守られず、園児をからかって泣かせて喜ぶような保育になっているのです」企業が営利を求める時、保育園では人件費を削るしかない。国は基本的な人件費だけでも8割を想定して運営費を指す「委託費」を自治体を通して私立の認可保育園に支払っている。営利を求める企業はこぞって「コストコントロール」「保育士の最適配置」といって、最低配置基準ギリギリの体制で人件費を抑える傾向にある。そうした事業者を排除できないならば、その最低配置基準を引き上げるしかない。70年間変わらない配置基準問題保育園の最低配置基準は戦後間もなく決められ、4~5歳児については70年もの間、基準が変わっていない。そもそも配置基準通りでは現場がもたないと、全国平均で1園当たり3~4人を多く雇っている現状がある(内閣府調査)。一方で、人件費は配置基準に沿って出るため、多く雇えば一人当たりの賃金が低くなることが長年、問題視されてきた。保育士の配置基準については、2014年3月の「子ども・子育て支援新制度における『量的拡充』と『質の改善』について」で、1歳児を現行の園児6人に対し保育士1人(「6:1」)から「5:1」へ、4~5歳児は「30:1」から「25:1」にすると国が計画していた。2014年3月の時点で1歳児と4~5歳児の保育士配置を引き上げるために必要な予算は約1300億円とされた。厚生労働省や内閣府は財務省に対し、配置基準引き上げについて要望を出してきたが、安定財源の確保が難しいことを理由に実現しなかった経緯がある。 安倍政権下で2019年10月から「幼児教育・保育の無償化」がスタート。年間に約7800億円の予算を投じて、3~5歳児などの幼稚園や保育園などの費用が無償化された。官邸主導で決まった無償化政策は「分かりやすい人気とり政策」という批判もあり、霞ヶ関の側にあった「現場の人員を増やしたい」という構想が事実上、つぶされた。しかし、関係省等が何もせず、ただ手をこまねいていただけではない。2023年4月から子ども家庭庁が発足するに当たり、「さすがに何か前進させなければと、配置基準の引き上げについて準備を進めていた」(業界関係者)という。今回、抜本的な配置基準の引き上げとはならなかったものの、来年度から4~5歳児の人員配置が拡充される。内閣府によれば、定員の分布を見ると121人以上の大規模な認可保育園は公私を合わせて約2割を占め、4歳クラス、5歳クラスそれぞれの園児の人数が平均で25人を超えるとしている。そこで、「25:1」を実現するため常勤保育士を1人多く雇えるよう、2023年度から「チーム保育推進加算」を拡充する。現在、認可保育園全体の約2割、約800園が同加算を使って、保育士の配置を増やしている。もともとチーム保育推進加算は2016年度にできたもので、現在、保育士の平均経験年数が12年を超えている場合に認可保育園で常勤1人を加配できるよう人件費分が加算される。これまで園全体に1人分しか加算されなかったものを2023年度からは、4歳クラス、5歳クラスそれぞれに1人を加配できるようにすることで、「25:1」を実現できるようにする。これを第一歩に、抜本的な配置の引き上げにつながることが望まれる。筆者の新刊『年収443万円』では、良い保育のために保育士の労働条件をよくする企業の下で働く保育士が「他の保育園より保育士が多く、賃金も高い。園全体として良い保育の実現を目指して日々、勉強も重ねているため、やりがいがあります。自分の働き方に余裕があり、会社から大切にされていると思えるからこそ、園児も可愛いと思えるのだと思います」と話す。この保育園では、最低配置基準よりも数人を多く雇い、子どもたちに手厚い保育を実現する。人員が手厚いため現場負担が軽減され、有給休暇もとりやすい。保育士自身の子育てもしやすくなる。そして、人員に余裕があることで研修を受けに外に出ることもでき、質の向上を図ることができている。全てがこのような現場であればよいが、経営者の性善説が期待できなくなった今、保育の質の向上のためには人件費の削減を許してしまう「委託費の弾力運用」という制度の規制を強化し、保育士配置基準の引き上げをセットで行うことが必要だ。
公的な保育園は、2013年度の2万4038ヵ所から2022年度は3万9244ヵ所に増加。そのうち、営利企業による認可保育園は2013年の488ヵ所から2020年に2850ヵ所に急増した。
大学や保育関係者によれば、この間、営利企業が運営する保育園では、卒後3年以内の離職率が35%以上ということが珍しくもなくなり、半数以上が早期に辞めるという事態にも陥った。
「配置基準を守るためなら、保育士の資格さえあれば誰でもいい」と採用され、十分な研修や教育もされないまま現場に配置されて保育士が疲弊していく。
事業拡大と経営効率という名のもとで、子どもの人権や子どもの尊厳を守ることが二の次になった現場は少なくなかった。
例えば3年前、拡大路線を走る企業が運営する都内の認可保育園では、不適切な保育を理由に園長を筆頭に主任保育士、保育士が退職した。具体的には、園長が園児の意に反して“変顔”の写真を撮るなどしていたことが発覚していた。
その保育園で保護者への説明会が行われた時、保護者からは園や運営会社に対して、ほかにも以下の問題が指摘されていた。
「子どもの閉じ込めがあった」「外国人籍の子どもへの差別的発言があった」「外国人籍の子どもが泣いているのに一人で廊下に出されていた」「お迎えに行った時に保育室に保育者が誰もいない状態があった」「園児の年齢の発達に見合わない保育が行われていた」「保育者が園児を“こいつ”と呼んでいた」
そして、元保護者はこう語った。「(新型コロナウイルスの感染拡大の前にもかかわらず)食事中に一切話してはいけないと園児は指導されていたため、私の子どもは食事中に話すと怒られると思い込んで、家でもしゅんとして黙って食べるようになりました。保育園では、トイレにいくにしても、常に何かしていいか、子どもが保育士に許可を得ないと何もしてはいけない保育でした」さらには保育がマニュアル化し、時間で区切った保育が行われていたという。子どもが主体的に絵本を読んでいても、時間で区切って保育士が絵本を取り上げ終了させていた。保育士は保護者に会っても挨拶もせず、保育園の清掃は不十分で床が汚いまま。また、園内にある玩具の数が極端に少なかった。筆者が系列園の状況を調べると、複数の関係者が「一般家庭よりも園の絵本や玩具が少ない」と口を揃えた。公費から出ているはずの保育に使う材料費が、コストカットされていた。同保護者は、「保育に不安を感じたため、少しでも早くお迎えにいって保育園で子どもが過ごす時間を減らしたかった」と話し、本社の責任者と面談をして現場の不適切な保育の現状を訴えた。筆者はその一部始終が録音された音声データを入手し、最初から最後までを聞くと、本社側は、「不適切な保育」のことを常に「事象」という言葉でかわしていた。筆者が録音を聞く限り、保護者が保護者として当然の範囲で感情が高ぶったところで、本社の責任者は冷静に「脅迫だ」「法的措置をとる」と発言していた。当時、同社に対して事実確認などを求める取材を依頼したが、取材は断られた。裾野市のケースなどは問題が表面化しているが、このような形で埋もれたままの不適切な保育は多いはず。それを知らずに子どもが入園、保育士が就職するケースがあるのだから、現場で問題が起こった時、それに真摯に向き合わない園側や事業者側の姿勢は、厳しく問われなければならないだろう。 不適切な保育が起こる理由なぜ不適切な保育が起こるのか。保育が福祉行政の一貫であるということが忘れられ、保育士の人件費が軽んじられることに大きな要因があると、筆者は考える。安心だと思われがちな公立の保育園では、保育士が地方公務員の立場にあるため、地方公務員減らしのなかで正職員を多く配置できず、約半数が非正規となっている。公立保育園を民営化することで、地方公務員としての保育士を減らして自治体の人件費支出を減らす傾向も強まっている。2000年以降は規制緩和によって社会福祉法人だけでなく、営利企業、宗教法人、NPO法人も認可保育園を設置・運営できるようになった。これまで筆者が問題提起し続けているように、事業者によっては認可保育園の運営で利益を確保し、事業を拡大するため人件費が抑制されることにつながっている。保育を主力として株式上場する企業も存在する。利益を出すために賃金を低く抑える、人員配置を最低配置基準ギリギリにする、という手法がとられれば、保育士の労働は必然的に辛くなる。さらに配置基準の要件が2002年に規制緩和されたことで、保育士の全てが「正社員」や「常勤職員」でなくても良くなっている。経営効率を考えれば、賃金を低く設定しやすいパートの保育士や派遣の保育士で基準を満たすことがまかり通るため、正社員には大きな負担が生じ、保育士が一斉退職するケースも後を絶たない。これで子どもの尊厳や安全を守り、保育の質を維持できるだろうか。保育の質を評価することは難しいが、子どもの人権を守るという最低限のことが守られず、保育士による虐待が起こっている。それが現実だ。保育士の言動をカメラで監視保育園に監視カメラが設置され、それが子どもや保育士を守るためではなく、利益を上げたい経営側への反乱を押さえる目的として使われているケースもある。これまでの取材から、保育士の言動をカメラで監視し、本社に労働条件や保育の質について物申す保育士や園長を退職に追い込むための「粗探し」に使われるケースが複数あった。そして、苦言提言する職員を辞めさせる時には、急に本社に呼び出し、その場で退職届けと口外禁止の誓約書を書かせるケースもある。保育士の人件費を抑えてその分を施設整備に回して事業を拡大し、経営者だけが利を得るケースは多々ある。今では「もう保育は儲からない」と経営者が放り出し、保育運営事業者のM&A(企業の合併・買収)が活発化している。空前の保育士不足に加えて、保育をするのに資質がない経営者が多く参入したことによる質の低下は著しい。 都内で数か所の保育園を運営するある経営者はこう話す。「地域でM&Aがあった保育園を見ると、経営者は保育の質なんて考えていません。ただ事故なく預かればいいというレベルです。保育士も若いうちからそうした保育に慣れてしまって、質を求めないようになります。だから、M&Aが起こって経営者が変わっても平気な保育士しか残らない。そうした近隣のある保育園では、アル中で昼間から飲酒するような保育士を雇っています。保育園を『店舗』と公言する経営者の下で働いていた保育士が、定員を満たしているのに、『売り上げを上げるためにもっと子どもを入れろ』と命じられ、逃げるようにして辞めて、うちに就職しました。そうした保育園では、保育の基本である人権が守られず、園児をからかって泣かせて喜ぶような保育になっているのです」企業が営利を求める時、保育園では人件費を削るしかない。国は基本的な人件費だけでも8割を想定して運営費を指す「委託費」を自治体を通して私立の認可保育園に支払っている。営利を求める企業はこぞって「コストコントロール」「保育士の最適配置」といって、最低配置基準ギリギリの体制で人件費を抑える傾向にある。そうした事業者を排除できないならば、その最低配置基準を引き上げるしかない。70年間変わらない配置基準問題保育園の最低配置基準は戦後間もなく決められ、4~5歳児については70年もの間、基準が変わっていない。そもそも配置基準通りでは現場がもたないと、全国平均で1園当たり3~4人を多く雇っている現状がある(内閣府調査)。一方で、人件費は配置基準に沿って出るため、多く雇えば一人当たりの賃金が低くなることが長年、問題視されてきた。保育士の配置基準については、2014年3月の「子ども・子育て支援新制度における『量的拡充』と『質の改善』について」で、1歳児を現行の園児6人に対し保育士1人(「6:1」)から「5:1」へ、4~5歳児は「30:1」から「25:1」にすると国が計画していた。2014年3月の時点で1歳児と4~5歳児の保育士配置を引き上げるために必要な予算は約1300億円とされた。厚生労働省や内閣府は財務省に対し、配置基準引き上げについて要望を出してきたが、安定財源の確保が難しいことを理由に実現しなかった経緯がある。 安倍政権下で2019年10月から「幼児教育・保育の無償化」がスタート。年間に約7800億円の予算を投じて、3~5歳児などの幼稚園や保育園などの費用が無償化された。官邸主導で決まった無償化政策は「分かりやすい人気とり政策」という批判もあり、霞ヶ関の側にあった「現場の人員を増やしたい」という構想が事実上、つぶされた。しかし、関係省等が何もせず、ただ手をこまねいていただけではない。2023年4月から子ども家庭庁が発足するに当たり、「さすがに何か前進させなければと、配置基準の引き上げについて準備を進めていた」(業界関係者)という。今回、抜本的な配置基準の引き上げとはならなかったものの、来年度から4~5歳児の人員配置が拡充される。内閣府によれば、定員の分布を見ると121人以上の大規模な認可保育園は公私を合わせて約2割を占め、4歳クラス、5歳クラスそれぞれの園児の人数が平均で25人を超えるとしている。そこで、「25:1」を実現するため常勤保育士を1人多く雇えるよう、2023年度から「チーム保育推進加算」を拡充する。現在、認可保育園全体の約2割、約800園が同加算を使って、保育士の配置を増やしている。もともとチーム保育推進加算は2016年度にできたもので、現在、保育士の平均経験年数が12年を超えている場合に認可保育園で常勤1人を加配できるよう人件費分が加算される。これまで園全体に1人分しか加算されなかったものを2023年度からは、4歳クラス、5歳クラスそれぞれに1人を加配できるようにすることで、「25:1」を実現できるようにする。これを第一歩に、抜本的な配置の引き上げにつながることが望まれる。筆者の新刊『年収443万円』では、良い保育のために保育士の労働条件をよくする企業の下で働く保育士が「他の保育園より保育士が多く、賃金も高い。園全体として良い保育の実現を目指して日々、勉強も重ねているため、やりがいがあります。自分の働き方に余裕があり、会社から大切にされていると思えるからこそ、園児も可愛いと思えるのだと思います」と話す。この保育園では、最低配置基準よりも数人を多く雇い、子どもたちに手厚い保育を実現する。人員が手厚いため現場負担が軽減され、有給休暇もとりやすい。保育士自身の子育てもしやすくなる。そして、人員に余裕があることで研修を受けに外に出ることもでき、質の向上を図ることができている。全てがこのような現場であればよいが、経営者の性善説が期待できなくなった今、保育の質の向上のためには人件費の削減を許してしまう「委託費の弾力運用」という制度の規制を強化し、保育士配置基準の引き上げをセットで行うことが必要だ。
そして、元保護者はこう語った。
「(新型コロナウイルスの感染拡大の前にもかかわらず)食事中に一切話してはいけないと園児は指導されていたため、私の子どもは食事中に話すと怒られると思い込んで、家でもしゅんとして黙って食べるようになりました。保育園では、トイレにいくにしても、常に何かしていいか、子どもが保育士に許可を得ないと何もしてはいけない保育でした」
さらには保育がマニュアル化し、時間で区切った保育が行われていたという。子どもが主体的に絵本を読んでいても、時間で区切って保育士が絵本を取り上げ終了させていた。保育士は保護者に会っても挨拶もせず、保育園の清掃は不十分で床が汚いまま。
また、園内にある玩具の数が極端に少なかった。筆者が系列園の状況を調べると、複数の関係者が「一般家庭よりも園の絵本や玩具が少ない」と口を揃えた。公費から出ているはずの保育に使う材料費が、コストカットされていた。
同保護者は、「保育に不安を感じたため、少しでも早くお迎えにいって保育園で子どもが過ごす時間を減らしたかった」と話し、本社の責任者と面談をして現場の不適切な保育の現状を訴えた。
筆者はその一部始終が録音された音声データを入手し、最初から最後までを聞くと、本社側は、「不適切な保育」のことを常に「事象」という言葉でかわしていた。
筆者が録音を聞く限り、保護者が保護者として当然の範囲で感情が高ぶったところで、本社の責任者は冷静に「脅迫だ」「法的措置をとる」と発言していた。
当時、同社に対して事実確認などを求める取材を依頼したが、取材は断られた。裾野市のケースなどは問題が表面化しているが、このような形で埋もれたままの不適切な保育は多いはず。それを知らずに子どもが入園、保育士が就職するケースがあるのだから、現場で問題が起こった時、それに真摯に向き合わない園側や事業者側の姿勢は、厳しく問われなければならないだろう。
不適切な保育が起こる理由なぜ不適切な保育が起こるのか。保育が福祉行政の一貫であるということが忘れられ、保育士の人件費が軽んじられることに大きな要因があると、筆者は考える。安心だと思われがちな公立の保育園では、保育士が地方公務員の立場にあるため、地方公務員減らしのなかで正職員を多く配置できず、約半数が非正規となっている。公立保育園を民営化することで、地方公務員としての保育士を減らして自治体の人件費支出を減らす傾向も強まっている。2000年以降は規制緩和によって社会福祉法人だけでなく、営利企業、宗教法人、NPO法人も認可保育園を設置・運営できるようになった。これまで筆者が問題提起し続けているように、事業者によっては認可保育園の運営で利益を確保し、事業を拡大するため人件費が抑制されることにつながっている。保育を主力として株式上場する企業も存在する。利益を出すために賃金を低く抑える、人員配置を最低配置基準ギリギリにする、という手法がとられれば、保育士の労働は必然的に辛くなる。さらに配置基準の要件が2002年に規制緩和されたことで、保育士の全てが「正社員」や「常勤職員」でなくても良くなっている。経営効率を考えれば、賃金を低く設定しやすいパートの保育士や派遣の保育士で基準を満たすことがまかり通るため、正社員には大きな負担が生じ、保育士が一斉退職するケースも後を絶たない。これで子どもの尊厳や安全を守り、保育の質を維持できるだろうか。保育の質を評価することは難しいが、子どもの人権を守るという最低限のことが守られず、保育士による虐待が起こっている。それが現実だ。保育士の言動をカメラで監視保育園に監視カメラが設置され、それが子どもや保育士を守るためではなく、利益を上げたい経営側への反乱を押さえる目的として使われているケースもある。これまでの取材から、保育士の言動をカメラで監視し、本社に労働条件や保育の質について物申す保育士や園長を退職に追い込むための「粗探し」に使われるケースが複数あった。そして、苦言提言する職員を辞めさせる時には、急に本社に呼び出し、その場で退職届けと口外禁止の誓約書を書かせるケースもある。保育士の人件費を抑えてその分を施設整備に回して事業を拡大し、経営者だけが利を得るケースは多々ある。今では「もう保育は儲からない」と経営者が放り出し、保育運営事業者のM&A(企業の合併・買収)が活発化している。空前の保育士不足に加えて、保育をするのに資質がない経営者が多く参入したことによる質の低下は著しい。 都内で数か所の保育園を運営するある経営者はこう話す。「地域でM&Aがあった保育園を見ると、経営者は保育の質なんて考えていません。ただ事故なく預かればいいというレベルです。保育士も若いうちからそうした保育に慣れてしまって、質を求めないようになります。だから、M&Aが起こって経営者が変わっても平気な保育士しか残らない。そうした近隣のある保育園では、アル中で昼間から飲酒するような保育士を雇っています。保育園を『店舗』と公言する経営者の下で働いていた保育士が、定員を満たしているのに、『売り上げを上げるためにもっと子どもを入れろ』と命じられ、逃げるようにして辞めて、うちに就職しました。そうした保育園では、保育の基本である人権が守られず、園児をからかって泣かせて喜ぶような保育になっているのです」企業が営利を求める時、保育園では人件費を削るしかない。国は基本的な人件費だけでも8割を想定して運営費を指す「委託費」を自治体を通して私立の認可保育園に支払っている。営利を求める企業はこぞって「コストコントロール」「保育士の最適配置」といって、最低配置基準ギリギリの体制で人件費を抑える傾向にある。そうした事業者を排除できないならば、その最低配置基準を引き上げるしかない。70年間変わらない配置基準問題保育園の最低配置基準は戦後間もなく決められ、4~5歳児については70年もの間、基準が変わっていない。そもそも配置基準通りでは現場がもたないと、全国平均で1園当たり3~4人を多く雇っている現状がある(内閣府調査)。一方で、人件費は配置基準に沿って出るため、多く雇えば一人当たりの賃金が低くなることが長年、問題視されてきた。保育士の配置基準については、2014年3月の「子ども・子育て支援新制度における『量的拡充』と『質の改善』について」で、1歳児を現行の園児6人に対し保育士1人(「6:1」)から「5:1」へ、4~5歳児は「30:1」から「25:1」にすると国が計画していた。2014年3月の時点で1歳児と4~5歳児の保育士配置を引き上げるために必要な予算は約1300億円とされた。厚生労働省や内閣府は財務省に対し、配置基準引き上げについて要望を出してきたが、安定財源の確保が難しいことを理由に実現しなかった経緯がある。 安倍政権下で2019年10月から「幼児教育・保育の無償化」がスタート。年間に約7800億円の予算を投じて、3~5歳児などの幼稚園や保育園などの費用が無償化された。官邸主導で決まった無償化政策は「分かりやすい人気とり政策」という批判もあり、霞ヶ関の側にあった「現場の人員を増やしたい」という構想が事実上、つぶされた。しかし、関係省等が何もせず、ただ手をこまねいていただけではない。2023年4月から子ども家庭庁が発足するに当たり、「さすがに何か前進させなければと、配置基準の引き上げについて準備を進めていた」(業界関係者)という。今回、抜本的な配置基準の引き上げとはならなかったものの、来年度から4~5歳児の人員配置が拡充される。内閣府によれば、定員の分布を見ると121人以上の大規模な認可保育園は公私を合わせて約2割を占め、4歳クラス、5歳クラスそれぞれの園児の人数が平均で25人を超えるとしている。そこで、「25:1」を実現するため常勤保育士を1人多く雇えるよう、2023年度から「チーム保育推進加算」を拡充する。現在、認可保育園全体の約2割、約800園が同加算を使って、保育士の配置を増やしている。もともとチーム保育推進加算は2016年度にできたもので、現在、保育士の平均経験年数が12年を超えている場合に認可保育園で常勤1人を加配できるよう人件費分が加算される。これまで園全体に1人分しか加算されなかったものを2023年度からは、4歳クラス、5歳クラスそれぞれに1人を加配できるようにすることで、「25:1」を実現できるようにする。これを第一歩に、抜本的な配置の引き上げにつながることが望まれる。筆者の新刊『年収443万円』では、良い保育のために保育士の労働条件をよくする企業の下で働く保育士が「他の保育園より保育士が多く、賃金も高い。園全体として良い保育の実現を目指して日々、勉強も重ねているため、やりがいがあります。自分の働き方に余裕があり、会社から大切にされていると思えるからこそ、園児も可愛いと思えるのだと思います」と話す。この保育園では、最低配置基準よりも数人を多く雇い、子どもたちに手厚い保育を実現する。人員が手厚いため現場負担が軽減され、有給休暇もとりやすい。保育士自身の子育てもしやすくなる。そして、人員に余裕があることで研修を受けに外に出ることもでき、質の向上を図ることができている。全てがこのような現場であればよいが、経営者の性善説が期待できなくなった今、保育の質の向上のためには人件費の削減を許してしまう「委託費の弾力運用」という制度の規制を強化し、保育士配置基準の引き上げをセットで行うことが必要だ。
なぜ不適切な保育が起こるのか。保育が福祉行政の一貫であるということが忘れられ、保育士の人件費が軽んじられることに大きな要因があると、筆者は考える。
安心だと思われがちな公立の保育園では、保育士が地方公務員の立場にあるため、地方公務員減らしのなかで正職員を多く配置できず、約半数が非正規となっている。公立保育園を民営化することで、地方公務員としての保育士を減らして自治体の人件費支出を減らす傾向も強まっている。
2000年以降は規制緩和によって社会福祉法人だけでなく、営利企業、宗教法人、NPO法人も認可保育園を設置・運営できるようになった。
これまで筆者が問題提起し続けているように、事業者によっては認可保育園の運営で利益を確保し、事業を拡大するため人件費が抑制されることにつながっている。保育を主力として株式上場する企業も存在する。
利益を出すために賃金を低く抑える、人員配置を最低配置基準ギリギリにする、という手法がとられれば、保育士の労働は必然的に辛くなる。
さらに配置基準の要件が2002年に規制緩和されたことで、保育士の全てが「正社員」や「常勤職員」でなくても良くなっている。経営効率を考えれば、賃金を低く設定しやすいパートの保育士や派遣の保育士で基準を満たすことがまかり通るため、正社員には大きな負担が生じ、保育士が一斉退職するケースも後を絶たない。
これで子どもの尊厳や安全を守り、保育の質を維持できるだろうか。保育の質を評価することは難しいが、子どもの人権を守るという最低限のことが守られず、保育士による虐待が起こっている。それが現実だ。
保育園に監視カメラが設置され、それが子どもや保育士を守るためではなく、利益を上げたい経営側への反乱を押さえる目的として使われているケースもある。
これまでの取材から、保育士の言動をカメラで監視し、本社に労働条件や保育の質について物申す保育士や園長を退職に追い込むための「粗探し」に使われるケースが複数あった。そして、苦言提言する職員を辞めさせる時には、急に本社に呼び出し、その場で退職届けと口外禁止の誓約書を書かせるケースもある。
保育士の人件費を抑えてその分を施設整備に回して事業を拡大し、経営者だけが利を得るケースは多々ある。
今では「もう保育は儲からない」と経営者が放り出し、保育運営事業者のM&A(企業の合併・買収)が活発化している。空前の保育士不足に加えて、保育をするのに資質がない経営者が多く参入したことによる質の低下は著しい。
都内で数か所の保育園を運営するある経営者はこう話す。「地域でM&Aがあった保育園を見ると、経営者は保育の質なんて考えていません。ただ事故なく預かればいいというレベルです。保育士も若いうちからそうした保育に慣れてしまって、質を求めないようになります。だから、M&Aが起こって経営者が変わっても平気な保育士しか残らない。そうした近隣のある保育園では、アル中で昼間から飲酒するような保育士を雇っています。保育園を『店舗』と公言する経営者の下で働いていた保育士が、定員を満たしているのに、『売り上げを上げるためにもっと子どもを入れろ』と命じられ、逃げるようにして辞めて、うちに就職しました。そうした保育園では、保育の基本である人権が守られず、園児をからかって泣かせて喜ぶような保育になっているのです」企業が営利を求める時、保育園では人件費を削るしかない。国は基本的な人件費だけでも8割を想定して運営費を指す「委託費」を自治体を通して私立の認可保育園に支払っている。営利を求める企業はこぞって「コストコントロール」「保育士の最適配置」といって、最低配置基準ギリギリの体制で人件費を抑える傾向にある。そうした事業者を排除できないならば、その最低配置基準を引き上げるしかない。70年間変わらない配置基準問題保育園の最低配置基準は戦後間もなく決められ、4~5歳児については70年もの間、基準が変わっていない。そもそも配置基準通りでは現場がもたないと、全国平均で1園当たり3~4人を多く雇っている現状がある(内閣府調査)。一方で、人件費は配置基準に沿って出るため、多く雇えば一人当たりの賃金が低くなることが長年、問題視されてきた。保育士の配置基準については、2014年3月の「子ども・子育て支援新制度における『量的拡充』と『質の改善』について」で、1歳児を現行の園児6人に対し保育士1人(「6:1」)から「5:1」へ、4~5歳児は「30:1」から「25:1」にすると国が計画していた。2014年3月の時点で1歳児と4~5歳児の保育士配置を引き上げるために必要な予算は約1300億円とされた。厚生労働省や内閣府は財務省に対し、配置基準引き上げについて要望を出してきたが、安定財源の確保が難しいことを理由に実現しなかった経緯がある。 安倍政権下で2019年10月から「幼児教育・保育の無償化」がスタート。年間に約7800億円の予算を投じて、3~5歳児などの幼稚園や保育園などの費用が無償化された。官邸主導で決まった無償化政策は「分かりやすい人気とり政策」という批判もあり、霞ヶ関の側にあった「現場の人員を増やしたい」という構想が事実上、つぶされた。しかし、関係省等が何もせず、ただ手をこまねいていただけではない。2023年4月から子ども家庭庁が発足するに当たり、「さすがに何か前進させなければと、配置基準の引き上げについて準備を進めていた」(業界関係者)という。今回、抜本的な配置基準の引き上げとはならなかったものの、来年度から4~5歳児の人員配置が拡充される。内閣府によれば、定員の分布を見ると121人以上の大規模な認可保育園は公私を合わせて約2割を占め、4歳クラス、5歳クラスそれぞれの園児の人数が平均で25人を超えるとしている。そこで、「25:1」を実現するため常勤保育士を1人多く雇えるよう、2023年度から「チーム保育推進加算」を拡充する。現在、認可保育園全体の約2割、約800園が同加算を使って、保育士の配置を増やしている。もともとチーム保育推進加算は2016年度にできたもので、現在、保育士の平均経験年数が12年を超えている場合に認可保育園で常勤1人を加配できるよう人件費分が加算される。これまで園全体に1人分しか加算されなかったものを2023年度からは、4歳クラス、5歳クラスそれぞれに1人を加配できるようにすることで、「25:1」を実現できるようにする。これを第一歩に、抜本的な配置の引き上げにつながることが望まれる。筆者の新刊『年収443万円』では、良い保育のために保育士の労働条件をよくする企業の下で働く保育士が「他の保育園より保育士が多く、賃金も高い。園全体として良い保育の実現を目指して日々、勉強も重ねているため、やりがいがあります。自分の働き方に余裕があり、会社から大切にされていると思えるからこそ、園児も可愛いと思えるのだと思います」と話す。この保育園では、最低配置基準よりも数人を多く雇い、子どもたちに手厚い保育を実現する。人員が手厚いため現場負担が軽減され、有給休暇もとりやすい。保育士自身の子育てもしやすくなる。そして、人員に余裕があることで研修を受けに外に出ることもでき、質の向上を図ることができている。全てがこのような現場であればよいが、経営者の性善説が期待できなくなった今、保育の質の向上のためには人件費の削減を許してしまう「委託費の弾力運用」という制度の規制を強化し、保育士配置基準の引き上げをセットで行うことが必要だ。
都内で数か所の保育園を運営するある経営者はこう話す。
「地域でM&Aがあった保育園を見ると、経営者は保育の質なんて考えていません。ただ事故なく預かればいいというレベルです。保育士も若いうちからそうした保育に慣れてしまって、質を求めないようになります。だから、M&Aが起こって経営者が変わっても平気な保育士しか残らない。そうした近隣のある保育園では、アル中で昼間から飲酒するような保育士を雇っています。
保育園を『店舗』と公言する経営者の下で働いていた保育士が、定員を満たしているのに、『売り上げを上げるためにもっと子どもを入れろ』と命じられ、逃げるようにして辞めて、うちに就職しました。そうした保育園では、保育の基本である人権が守られず、園児をからかって泣かせて喜ぶような保育になっているのです」
企業が営利を求める時、保育園では人件費を削るしかない。国は基本的な人件費だけでも8割を想定して運営費を指す「委託費」を自治体を通して私立の認可保育園に支払っている。
営利を求める企業はこぞって「コストコントロール」「保育士の最適配置」といって、最低配置基準ギリギリの体制で人件費を抑える傾向にある。そうした事業者を排除できないならば、その最低配置基準を引き上げるしかない。
保育園の最低配置基準は戦後間もなく決められ、4~5歳児については70年もの間、基準が変わっていない。
そもそも配置基準通りでは現場がもたないと、全国平均で1園当たり3~4人を多く雇っている現状がある(内閣府調査)。一方で、人件費は配置基準に沿って出るため、多く雇えば一人当たりの賃金が低くなることが長年、問題視されてきた。
保育士の配置基準については、2014年3月の「子ども・子育て支援新制度における『量的拡充』と『質の改善』について」で、1歳児を現行の園児6人に対し保育士1人(「6:1」)から「5:1」へ、4~5歳児は「30:1」から「25:1」にすると国が計画していた。
2014年3月の時点で1歳児と4~5歳児の保育士配置を引き上げるために必要な予算は約1300億円とされた。厚生労働省や内閣府は財務省に対し、配置基準引き上げについて要望を出してきたが、安定財源の確保が難しいことを理由に実現しなかった経緯がある。
安倍政権下で2019年10月から「幼児教育・保育の無償化」がスタート。年間に約7800億円の予算を投じて、3~5歳児などの幼稚園や保育園などの費用が無償化された。官邸主導で決まった無償化政策は「分かりやすい人気とり政策」という批判もあり、霞ヶ関の側にあった「現場の人員を増やしたい」という構想が事実上、つぶされた。しかし、関係省等が何もせず、ただ手をこまねいていただけではない。2023年4月から子ども家庭庁が発足するに当たり、「さすがに何か前進させなければと、配置基準の引き上げについて準備を進めていた」(業界関係者)という。今回、抜本的な配置基準の引き上げとはならなかったものの、来年度から4~5歳児の人員配置が拡充される。内閣府によれば、定員の分布を見ると121人以上の大規模な認可保育園は公私を合わせて約2割を占め、4歳クラス、5歳クラスそれぞれの園児の人数が平均で25人を超えるとしている。そこで、「25:1」を実現するため常勤保育士を1人多く雇えるよう、2023年度から「チーム保育推進加算」を拡充する。現在、認可保育園全体の約2割、約800園が同加算を使って、保育士の配置を増やしている。もともとチーム保育推進加算は2016年度にできたもので、現在、保育士の平均経験年数が12年を超えている場合に認可保育園で常勤1人を加配できるよう人件費分が加算される。これまで園全体に1人分しか加算されなかったものを2023年度からは、4歳クラス、5歳クラスそれぞれに1人を加配できるようにすることで、「25:1」を実現できるようにする。これを第一歩に、抜本的な配置の引き上げにつながることが望まれる。筆者の新刊『年収443万円』では、良い保育のために保育士の労働条件をよくする企業の下で働く保育士が「他の保育園より保育士が多く、賃金も高い。園全体として良い保育の実現を目指して日々、勉強も重ねているため、やりがいがあります。自分の働き方に余裕があり、会社から大切にされていると思えるからこそ、園児も可愛いと思えるのだと思います」と話す。この保育園では、最低配置基準よりも数人を多く雇い、子どもたちに手厚い保育を実現する。人員が手厚いため現場負担が軽減され、有給休暇もとりやすい。保育士自身の子育てもしやすくなる。そして、人員に余裕があることで研修を受けに外に出ることもでき、質の向上を図ることができている。全てがこのような現場であればよいが、経営者の性善説が期待できなくなった今、保育の質の向上のためには人件費の削減を許してしまう「委託費の弾力運用」という制度の規制を強化し、保育士配置基準の引き上げをセットで行うことが必要だ。
安倍政権下で2019年10月から「幼児教育・保育の無償化」がスタート。年間に約7800億円の予算を投じて、3~5歳児などの幼稚園や保育園などの費用が無償化された。
官邸主導で決まった無償化政策は「分かりやすい人気とり政策」という批判もあり、霞ヶ関の側にあった「現場の人員を増やしたい」という構想が事実上、つぶされた。
しかし、関係省等が何もせず、ただ手をこまねいていただけではない。2023年4月から子ども家庭庁が発足するに当たり、「さすがに何か前進させなければと、配置基準の引き上げについて準備を進めていた」(業界関係者)という。今回、抜本的な配置基準の引き上げとはならなかったものの、来年度から4~5歳児の人員配置が拡充される。
内閣府によれば、定員の分布を見ると121人以上の大規模な認可保育園は公私を合わせて約2割を占め、4歳クラス、5歳クラスそれぞれの園児の人数が平均で25人を超えるとしている。
そこで、「25:1」を実現するため常勤保育士を1人多く雇えるよう、2023年度から「チーム保育推進加算」を拡充する。現在、認可保育園全体の約2割、約800園が同加算を使って、保育士の配置を増やしている。
もともとチーム保育推進加算は2016年度にできたもので、現在、保育士の平均経験年数が12年を超えている場合に認可保育園で常勤1人を加配できるよう人件費分が加算される。
これまで園全体に1人分しか加算されなかったものを2023年度からは、4歳クラス、5歳クラスそれぞれに1人を加配できるようにすることで、「25:1」を実現できるようにする。
これを第一歩に、抜本的な配置の引き上げにつながることが望まれる。
筆者の新刊『年収443万円』では、良い保育のために保育士の労働条件をよくする企業の下で働く保育士が「他の保育園より保育士が多く、賃金も高い。園全体として良い保育の実現を目指して日々、勉強も重ねているため、やりがいがあります。自分の働き方に余裕があり、会社から大切にされていると思えるからこそ、園児も可愛いと思えるのだと思います」と話す。
この保育園では、最低配置基準よりも数人を多く雇い、子どもたちに手厚い保育を実現する。人員が手厚いため現場負担が軽減され、有給休暇もとりやすい。保育士自身の子育てもしやすくなる。そして、人員に余裕があることで研修を受けに外に出ることもでき、質の向上を図ることができている。
全てがこのような現場であればよいが、経営者の性善説が期待できなくなった今、保育の質の向上のためには人件費の削減を許してしまう「委託費の弾力運用」という制度の規制を強化し、保育士配置基準の引き上げをセットで行うことが必要だ。