「てんかん」という病気があります。てんかんは、脳の神経細胞の異常な電気活動により、意識障害やけいれんなどの発作を起こす脳の病気です。子どもの頃に発症するイメージが強いかもしれませんが、実際は乳幼児から高齢者まで、全ての年代で発症する可能性があります。昨年、30代で初めててんかん発作を起こした筆者が、当時を振り返りながら、てんかんという病気の実態をお伝えします。
2021年の夏の終わり、筆者は車を運転して近くのショッピングモールへ買い物に行きました。その日は娘の3歳の誕生日だったため、お祝い用の料理と、誕生日プレゼントを買うつもりでいたのです。
駐車場に車を止め、まずはおもちゃ売り場に向かいました。娘が大事にしているお世話人形用の抱っこひもを買い、喜ぶ娘の顔を想像しながら、今度は急いで食品売り場に向かいました。
混雑していた夕方の食品売り場。急いで買い物を済ませて帰ろうと、足早にカートを押して歩いていたそのとき、急にめまいのような、気持ちが悪いような、何とも言えない違和感を覚えました。
すると次の瞬間、自分の意思とは関係なく、視線がスーッと上がっていくのを感じ、最後に天井を見た記憶を最後に、筆者の意識は途切れました。
ふと目を覚ますと、そこは見慣れない場所でした。周りからは「起きた起きた」という声が聞こえ、目の前にぼんやり映った人から「大丈夫ですか?」と声を掛けられました。
しかし、今いる場所もそこまでの経緯も、まるで紙芝居の1枚の絵が突然抜き去られてしまったかのようで、筆者にはまったく理解できませんでした。
何も分からない状況に困惑しながら、絞り出すように「ここは…」と聞くと、衝撃的なことを言われました。
「救急車の中です。あなた、倒れたんですよ」
買い物をしていたつもりだったのに、気が付いたら救急車の中にいたというあり得ない状況に、筆者はちょっとしたパニック状態になりました。同時に、頭が割れるような激しい頭痛に襲われました。
頭痛だけではなく、経験したことがないほどの動悸(どうき)で、身の置きどころがないほどの苦しみが続きました。倒れた瞬間は意識がなく、痛みは感じませんでしたが、おそらく立ったままの状態から受け身も取らずに後ろへ倒れたのでしょう。頭を激しく床に打ち付けたのだと思います。
救急車の中でしばらく痛みや苦しさと闘っていましたが、時間の経過とともに徐々に動悸は収まっていき、落ち着きを取り戻していきました。救急隊の人からその日の出来事について聞かれても、当初は記憶が非常に曖昧で、どんな日だったのか分からなくなっていたのですが、救急隊の人と話していく中で、記憶の曖昧な部分が徐々に整理され、頭の中のもやが晴れていくように感じました。
そしてようやく「今日が娘の誕生日」だということにたどり着き、時計を見て、思っていた以上に時間が経過していたことを知ったのです。買い物をしていたときは午後4時くらいのはずでしたが、時計の針は午後7時を示していました。
発作が起きた日は、救急車でそのまま大きな病院に行き、簡単な検査をして異常が見られなかったので、迎えに来た家族と共に家に帰りました。
しかし、後日改めて脳神経外科を受診し、脳波の検査を受けて、自分が倒れた原因が「てんかん」だったことを知ったのです。それは、まさに青天のへきれきでした。
筆者には、自閉症と知的障害がある息子がいます。息子はこれまで、てんかん発作を起こしたことはありません。しかし、同じ障害があるお子さんの中には、てんかんを併発しているケースがあることを耳にしていたので、リスクがあるなら息子だと思っていたのです。
それがまさか、自分がてんかんになるとは夢にも思いませんでした。そして、「てんかんという病気は子どもの頃になるもの」というイメージが強かったので、大人になって初めて発症することがあるのも驚きでした。
てんかんが分かってから、筆者の生活は大きく変わりました。最も大きかったのは、少なくとも当分の間、車の運転ができなくなったことです。これまで、買い物や娘の保育園の送迎に車を使っていたので、買い物に行く店も制限されるようになりましたし、娘の保育園も転園することになりました。
筆者の場合、発作を経験してから車の運転が怖くなってしまったので、移動手段が徒歩しかないことには諦めがつきました。しかし、自分の病気によって子どもの生活環境を変えてしまった申し訳なさ、「いつ倒れるか分からない」という恐怖感から、落ち込む日々が続きました。
てんかんという病気は、発作が起きていないときは普通の人と何も変わらないように見えますが、精神的に抱えるストレスは想像以上に大きいものだと思います。
てんかんがある人は、100人に1人の割合でいると言われています。しかし発作の頻度は、頻繁に発作が起きやすい人もいれば、数年に1回程度しか起きない人もいます。
症状も、完全に意識を失って倒れてしまう発作が一時的に起きる人もいれば、意識を保ったまま発作が起きる人もいます。一言で「てんかん」と言っても、その程度や症状は、人それぞれ違うのです。
周囲からしたら、意識を失う可能性があることや、発作が起きた際の怖さなどから、てんかんを発症した人に多くのことを「任せられない」と感じてしまうかもしれません。
しかし、てんかんは今では治療可能な病気です。薬や治療でもなかなか発作を抑えられない難治性てんかんもありますが、てんかんがある人の多くは、薬などによって発作をコントロールできると言われています。
筆者も、初めての発作から1年以上がたちますが、毎日欠かさず薬を飲み続けているおかげで、これまでの1年間では発作は起きませんでした。この先のことはまだ分かりませんが、きちんと医療にかかりながら、できることは挑戦し続けていきたいですし、前向きにこの病気と付き合っていきたいと思います。
筆者はある程度の年齢になってからてんかんを発症したため、てんかんがあることで偏見や差別を受けたと感じた経験はありません。
しかし、「てんかんがある」ということで、学校生活や就職などの際に不当に機会を奪われてしまった経験がある人もいるようです。もちろん、本人の状態や職種などによっては任せられないこともあると思います。
しかし、これはてんかんに限らず他の病気や障害に対しても言えることですが、人それぞれ違うということを念頭に置き、病名などではなく人を見て判断していただけたらと思います。
本人にとっても周囲にとっても、「てんかんがある」ということ、「どんな発作が起きる可能性があるか」ということは、知っておいてもらった方が安心です。万が一発作が起きたときにお互い困らないためにも、てんかんという病気を知ってもらい、打ち明けやすい空気をつくっていただけたらうれしく思います。