まだ幼さの残る少年が動画配信サイトに投稿した動画――。彼の手元には、市販の咳止めシロップと、ペットボトルに入ったスプライトがある。彼はこれをコップで混ぜて“リーン”を作り、「かんぱ~い」と言いながらそれを飲み干すのだ。
【写真】動画には咳止めシロップとスプライトを調合する、無邪気な少年の姿「“リーン(Lean)”は、もともとアメリカのストリート・ドラッグの名称で、コデインを炭酸飲料に溶かしたドリンクを指します。サイダーやスプライトなどで割ることから、“ダーティスプライト”、“パープルドランク(ドリンク)”、“サイラップ”と呼ばれることもあります。日本では一部のラッパーなどの間で広まっていたのですが、年端もいかない子どもが平然とリーンを飲み干す動画を目にしたときは、さすがに驚愕しました」

ブロン液の商品紹介ページには、「濫用等のおそれのある医薬品」と明記されている(ヤマダウェブコムの商品紹介ページより) そう語るのは、元厚生労働省麻薬取締部長で、現在も民間の立場から薬物問題の調査研究に携わる瀬戸晴海氏である。 日本では医薬品としてのコデインは簡単に処方されないため、市販薬で代用することがほとんど。たとえば、市販されているブロン液やトニン液といった鎮咳薬(咳止薬)にも、コデインやジヒドロコデインは含まれている。「コデインはあへんを原料とするものですが、市販薬の場合は原末を希釈(濃度1%以下)しているため“麻薬”には該当しません。ただ、大量に摂取すると、あへん系麻薬と同じような多幸感を覚え、これを常用すれば様々な副作用が生じて依存に陥ることもあります」子どもたちの間で急増 試しに検索してみると、SNS上には<トニンをスプライトで割ったリーン、すごくおいしくて>、<大麻覚えてからリーンやブロンに走る人も多いよね><誰かブロン液でリーンを作ってくれないかな>といった書き込みが目に飛び込んでくる。 瀬戸氏は、近著『スマホで薬物を買う子どもたち』(新潮新書)で、SNSを通じて易々と大麻や覚醒剤を入手し、依存に陥ってしまう子どもたちの実態を明らかにした。その一方、子どもたちの薬物問題を語る上で避けて通れないのが、こうした“市販薬の乱用”だという。「薬物依存などで、精神科で治療を受けた人を調査した2020年のデータ(国立精神・神経医療研究センター調査)では、半数以上が覚醒剤を乱用していたということですが、“1年以内の主たる使用薬物”を見ると、10代の場合は市販薬が56.4%を占めています。つまり、子どもたちがドラッグストアで簡単に咳止薬を手に入れ、それを乱用している実態があるということです。市販薬の乱用は以前から問題になっていますが、これが大人の目の届かないところで、子どもたちを中心に急増しているのです」咳止めシロップを一気飲みするケースも 実際、過去に瀬戸氏が相談を受けた案件にも、大麻の乱用から立ち直った女子大生が、今度は市販薬の乱用に陥るケースがあったという。咳止めシロップは、本来、計量カップでひと瓶の内容量を10~15回ほどに分けて服用し、12歳未満はそもそも“服用しないこと”と注記されている。「厚生労働省は、エフェドリン、プソイドエフェドリン、メチルエフェドリン、コデイン、ジヒドロコデイン、ブロムワレリル尿素の6成分を『濫用等のおそれのある医薬品』に指定。これらを含む一部の市販薬については、販売に際して購入理由や他店での購入状況を確認し、販売数量の制限などをすることを求め、販売店も取り組みを強化しています」 6成分を含む市販薬には、冒頭の動画にも登場する「ブロン錠/ブロン液」、「新トニン咳止め液」などが挙げられる。こうした市販薬について、ドラッグストアや薬局が<販売量はお一人様1個限り>と販売制限をかける取り組みを行っているのも事実だ。しかし、「ネット通販でも購入可能なので、現実には乱用に歯止めがかかっていません。市販薬は覚醒剤や大麻より安価で簡単に手に入り、それを販売しても逮捕されることはない。そのため、実態把握が大変難しい面があります。私が相談を受けた少女は“規制されていない市販薬なんだから、大したことないだろう”と高を括って、ドラッグストアやオンラインショップで買い漁るようになった。咳止めシロップを1~2本一気飲みすることもあると話していました」 瀬戸氏が続けるには、「薬物乱用は、規制の有無に関係なく存在します。中枢神経に影響を及ぼす薬物の使用を続けると、誰もが依存症等に陥る可能性があるのです。クスリは“両刃の剣”です。市販薬や処方薬の問題についても強く意識してほしいと思います」デイリー新潮編集部
「“リーン(Lean)”は、もともとアメリカのストリート・ドラッグの名称で、コデインを炭酸飲料に溶かしたドリンクを指します。サイダーやスプライトなどで割ることから、“ダーティスプライト”、“パープルドランク(ドリンク)”、“サイラップ”と呼ばれることもあります。日本では一部のラッパーなどの間で広まっていたのですが、年端もいかない子どもが平然とリーンを飲み干す動画を目にしたときは、さすがに驚愕しました」
そう語るのは、元厚生労働省麻薬取締部長で、現在も民間の立場から薬物問題の調査研究に携わる瀬戸晴海氏である。
日本では医薬品としてのコデインは簡単に処方されないため、市販薬で代用することがほとんど。たとえば、市販されているブロン液やトニン液といった鎮咳薬(咳止薬)にも、コデインやジヒドロコデインは含まれている。
「コデインはあへんを原料とするものですが、市販薬の場合は原末を希釈(濃度1%以下)しているため“麻薬”には該当しません。ただ、大量に摂取すると、あへん系麻薬と同じような多幸感を覚え、これを常用すれば様々な副作用が生じて依存に陥ることもあります」
試しに検索してみると、SNS上には<トニンをスプライトで割ったリーン、すごくおいしくて>、<大麻覚えてからリーンやブロンに走る人も多いよね><誰かブロン液でリーンを作ってくれないかな>といった書き込みが目に飛び込んでくる。
瀬戸氏は、近著『スマホで薬物を買う子どもたち』(新潮新書)で、SNSを通じて易々と大麻や覚醒剤を入手し、依存に陥ってしまう子どもたちの実態を明らかにした。その一方、子どもたちの薬物問題を語る上で避けて通れないのが、こうした“市販薬の乱用”だという。
「薬物依存などで、精神科で治療を受けた人を調査した2020年のデータ(国立精神・神経医療研究センター調査)では、半数以上が覚醒剤を乱用していたということですが、“1年以内の主たる使用薬物”を見ると、10代の場合は市販薬が56.4%を占めています。つまり、子どもたちがドラッグストアで簡単に咳止薬を手に入れ、それを乱用している実態があるということです。市販薬の乱用は以前から問題になっていますが、これが大人の目の届かないところで、子どもたちを中心に急増しているのです」
実際、過去に瀬戸氏が相談を受けた案件にも、大麻の乱用から立ち直った女子大生が、今度は市販薬の乱用に陥るケースがあったという。咳止めシロップは、本来、計量カップでひと瓶の内容量を10~15回ほどに分けて服用し、12歳未満はそもそも“服用しないこと”と注記されている。
「厚生労働省は、エフェドリン、プソイドエフェドリン、メチルエフェドリン、コデイン、ジヒドロコデイン、ブロムワレリル尿素の6成分を『濫用等のおそれのある医薬品』に指定。これらを含む一部の市販薬については、販売に際して購入理由や他店での購入状況を確認し、販売数量の制限などをすることを求め、販売店も取り組みを強化しています」
6成分を含む市販薬には、冒頭の動画にも登場する「ブロン錠/ブロン液」、「新トニン咳止め液」などが挙げられる。こうした市販薬について、ドラッグストアや薬局が<販売量はお一人様1個限り>と販売制限をかける取り組みを行っているのも事実だ。しかし、
「ネット通販でも購入可能なので、現実には乱用に歯止めがかかっていません。市販薬は覚醒剤や大麻より安価で簡単に手に入り、それを販売しても逮捕されることはない。そのため、実態把握が大変難しい面があります。私が相談を受けた少女は“規制されていない市販薬なんだから、大したことないだろう”と高を括って、ドラッグストアやオンラインショップで買い漁るようになった。咳止めシロップを1~2本一気飲みすることもあると話していました」
瀬戸氏が続けるには、
「薬物乱用は、規制の有無に関係なく存在します。中枢神経に影響を及ぼす薬物の使用を続けると、誰もが依存症等に陥る可能性があるのです。クスリは“両刃の剣”です。市販薬や処方薬の問題についても強く意識してほしいと思います」
デイリー新潮編集部