東大に入学する男女の比率は男性が8割、女性が2割。世界のトップ大学に比べると明らかに少ない(写真:PhotoNetwork/PIXTA)
シンガポールの友人に、「東京大学の女子学生比率は2割で……」と話したらものすごく驚かれ、「それはわざと女子学生を落としているに違いない」と力説された。
確かに日本の大学では医学部で女子が減点されていたケースがあるが、東大の場合は、そうではない。
東大の場合、応募者に対する合格確率はほぼ男女同等だ。にもかかわらず、実際に入学するのは男性が8割、女性が2割。それは、応募者の数にそれだけの男女差があるからだ。
なぜ東大を受験する女子がこんなに少ないのか。世界のトップ大学は学生の4割、5割を女性が占めているのに比べると明らかに少ない。
教育社会学では、世界的に、教室の中で教員が女子よりも男子に発言を促す傾向や、とりわけ理系科目で女子に期待をかけない傾向などを指摘してきた。このような傾向は「隠れたカリキュラム」と呼ばれ、女子のモチベーション低下や理系に進む女子の少なさにつながってきたとされる(※1)。
大学進学時の選択についても、男女では差がある。女子のほうがに実家から通える範囲で大学を選びやすい、浪人を避ける傾向がある、労働市場に男女不平等が見込まれることから資格職に流れやすく難関大には進みにくい……といったことが調査研究で明らかになっている(※2)。
東大における極端な男女の数の差は、社会構造的な問題ともいえる。
浪人や上京について、息子よりも娘がする場合に親の抵抗感が大きいのであれば、親世代を含めた意識改革が必要だろう。労働市場の不均衡を反映しているのであれば、鶏と卵でもあり、性差の解消にはもっと時間がかかる。
女性が極端に少ないという環境の中、女性への意識が行き届かない場面も実際にある。
私自身、約20年前に東大に入学して、がっかりしたことがある。
大教室での授業中のこと。後方の席に座る男子学生たちが「昨日のサークルの新歓にどんな女の子がいたか」について熱心に話しているのが聞こえてきた。
そうした場面は在学中、何度も目にした。楽しそうに女性たちを値踏みし、それをまた聞いている女子学生がいることに思いが至らない。まるで勝ち組のゴールにたどり着いたかのような、ゆるみきった雰囲気をたびたび感じた。
東大でなくても多かれ少なかれ日本の大学に見られる光景かもしれないが、とりわけ60人のクラス中女性が数人という環境では居心地の悪い想いをする女子学生は多いだろう。
人数的にも学内のマジョリティである男性たちの女性への態度に男尊女卑的なものが混じることと、その理由については、前回記事でも考察した報告書を再び見てみたい。
女性:特に前期教養学部時代(著者注※1~2年生)、男子学生が大っぴらに女子学生の容姿や性的な事柄について品定めするような発言をしても当然に許されるような雰囲気があることに驚き、過ごしづらいと感じた。女子学生が圧倒的に少数であることがこのような雰囲気の醸成に寄与していると考える。女性:学内を歩いていると、性風俗を話題に話しているのを耳にすることがあります(知らないただのすれ違う人たちの話)。正直、まったく知らない人なのに学校でそういう話が耳に入ってくるだけで不快です。このような行為が容認されること自体、東京大学が8割男性ということに起因するのではないかと思います。女性が少数派なので、男性が周りの女性を気にせずそういう話を堂々とできるのではないかと。これについて全学レベルでの教育が必要だと思います。男性:学部入学時の所謂「オリ合宿」(著者注※2年生が企画して1年生をオリエンテーション目的で連れて行く合宿)をはじめ、学生同士の飲み会などの場で男子学生のみの場になった際、女子学生をその容姿などから順位付けする場面にたびたび遭遇した。会話そのものが卑劣で許されるものではなく、その場にいるだけで非常にいたたまれない気持ちになったが、さらに他の男子学生から回答を強要されることも多々あった。加害者側に回ってしまう罪悪感がありながらも、回答しなかったりそうした会話への反対を表明すれば、その場の雰囲気を壊してしまうのではないかという不安な気持ちを強く感じた。
女性:特に前期教養学部時代(著者注※1~2年生)、男子学生が大っぴらに女子学生の容姿や性的な事柄について品定めするような発言をしても当然に許されるような雰囲気があることに驚き、過ごしづらいと感じた。女子学生が圧倒的に少数であることがこのような雰囲気の醸成に寄与していると考える。
女性:学内を歩いていると、性風俗を話題に話しているのを耳にすることがあります(知らないただのすれ違う人たちの話)。正直、まったく知らない人なのに学校でそういう話が耳に入ってくるだけで不快です。
このような行為が容認されること自体、東京大学が8割男性ということに起因するのではないかと思います。女性が少数派なので、男性が周りの女性を気にせずそういう話を堂々とできるのではないかと。これについて全学レベルでの教育が必要だと思います。
男性:学部入学時の所謂「オリ合宿」(著者注※2年生が企画して1年生をオリエンテーション目的で連れて行く合宿)をはじめ、学生同士の飲み会などの場で男子学生のみの場になった際、女子学生をその容姿などから順位付けする場面にたびたび遭遇した。
会話そのものが卑劣で許されるものではなく、その場にいるだけで非常にいたたまれない気持ちになったが、さらに他の男子学生から回答を強要されることも多々あった。加害者側に回ってしまう罪悪感がありながらも、回答しなかったりそうした会話への反対を表明すれば、その場の雰囲気を壊してしまうのではないかという不安な気持ちを強く感じた。
女性:女性の容姿で態度を変える男性が多い。その場に本人がいても平気で容姿の順位を付ける。下ネタをよく話すし、どうしても下品な言葉を話さなくてはいけない伝統もあった。でも、男の人はこういうものでコミュニケーションをはかっているつもりなんだろうな、と思ったし、世の中そういうものなのかも、と思ったから仕方ないと思う。女性が口に出さずに我慢していることはかなり多いと思う。諦めている。特に日本は下品な文化が横行していると思う。容姿について話すことは海外ではタブーだが、日本人は好んで話題にする。ほとんど同一な人が集まっている文化的なものもあるのかもしれない。性別回答なし:まず、1年生のときにクラスの男の子数名が、同じクラスの女子にランキングをつけていたことを偶然知ってから、不快感がありました。しかし、同じクラスに女子は数名しかおらず、声を上げれば男女でクラスが分断されてしまうのではないか、と危惧したことから、ほかのクラスの女の子にも話さず、我慢をして1年半を過ごしました。本校の女子の絶対数の少なさは、問題を問題だと認識している女子学生本人が、実際には声を上げられない環境を作り出していると4年生になった今でも折々感じています。 いくつもの障壁を乗り越えて、憧れの東京大学に入学した新入生たちが、このような思いを同様に抱えることがないよう、心から願います。
女性:女性の容姿で態度を変える男性が多い。その場に本人がいても平気で容姿の順位を付ける。下ネタをよく話すし、どうしても下品な言葉を話さなくてはいけない伝統もあった。でも、男の人はこういうものでコミュニケーションをはかっているつもりなんだろうな、と思ったし、世の中そういうものなのかも、と思ったから仕方ないと思う。
女性が口に出さずに我慢していることはかなり多いと思う。諦めている。特に日本は下品な文化が横行していると思う。容姿について話すことは海外ではタブーだが、日本人は好んで話題にする。ほとんど同一な人が集まっている文化的なものもあるのかもしれない。
性別回答なし:まず、1年生のときにクラスの男の子数名が、同じクラスの女子にランキングをつけていたことを偶然知ってから、不快感がありました。しかし、同じクラスに女子は数名しかおらず、声を上げれば男女でクラスが分断されてしまうのではないか、と危惧したことから、ほかのクラスの女の子にも話さず、我慢をして1年半を過ごしました。
本校の女子の絶対数の少なさは、問題を問題だと認識している女子学生本人が、実際には声を上げられない環境を作り出していると4年生になった今でも折々感じています。 いくつもの障壁を乗り越えて、憧れの東京大学に入学した新入生たちが、このような思いを同様に抱えることがないよう、心から願います。
女子学生の容姿の「品定め」「ランク付け」にはじまり、女子がいないかのように繰り広げられる猥談が繰り広げられる――。そして、少数派が声を上げづらい環境。どうしてこのようなカルチャーがまかりとおり、2020年代まで続いてきてしまったのか。
ひとつには、自由記述欄でも指摘があるとおり、東大の構成員の偏りがあげられる。しかし、東大の環境として特筆すべきこととして「男子が多い」だけではなく、男子校出身者が多いことがあげられる。
年度にもよるが、高校別東大合格者ランキング上位4位まで高校はすべて男子校になっている。10位までの7校が男女別高校、20位までの半数は男子校だ。
報告書では、出身学校の特性も調査している。たとえば「性的なジョークや話題は、人間関係を円滑にする」と思う人の割合は出身者別に見ると、他の属性に比べて、女子校出身者で少なく、男子校出身者で多い。ハラスメント被害の分析では、女子校出身者が被害者になりやすい傾向が分析されている。
一般的に「男女別学」の良さは、異性の目を気にせずに好きなことに没頭できる点などといわれる。一方、東大に限らず、男子校出身者は性別役割分担意識が強くなりがちなこと等が指摘されている(※3)。女子校の場合は、共学だと男子に席を譲りがちなリーダー職に就く経験が増えるなど、バイアスを乗り越えるきっかけが得やすくなる可能性がある。社会におけるマイノリティ(女性)とマジョリティ(男性)とが、「異性の目を気にしないですむこと」、その意義を同列に語ることはできないだろう。集団のなかの多数派が「標準」になりがちもちろん、男子校といってもさまざまで、すべての男子校が男尊女卑カルチャーであるわけでもないし、同じ学校出身であっても卒業生の価値観は一様ではない。しかし、東大の場合、集団のなかの多数派が「標準」になるとすれば、日本人の関東圏の私立男子校出身者で、おそらくシスジェンダー(性自認と生まれたときに割り当てられた性別が一致している人)で異性愛者のカルチャーということになろう。ジャーナリストの中野円佳さんによる連載、第12回です(画像をクリックすると連載一覧にジャンプします)前回扱った「成功者による差別」は、もちろん女性の中にもあり得る。これを書いている私自身、性別以外の面では多くのマジョリティ性を持ち、マイノリティへの想像力が働かせられていないこともあるだろう。ただマイノリティ側の経験をしたことがほとんどなく、女子がいない環境に慣れ、自分たちを競争の成功者と認識し、そのまま意気揚々と社会に出ていく人たちが、社会的経済的地位を築き、ビジネスや政治の中心に居座るというルートができあがっているとしたら。自分たちを標準として世界を回そうとする人たちの差別発言をいくら指摘しても、もぐらたたきにしかならない。その「標準」の入り口ともなりうるのが、中学受験における学校選び、または塾選びということにもなるだろう。子どもを持つ親としては自戒も込めて、子どもを苛烈な競争の成功者にするよりも、差別やハラスメントの加害者にしないことにも気を配りたい。そして、東大も含め、学校側も、社会の公正にどのように寄与し、そこで何を伝えることができるのかが問われてくる。※1 寺町晋哉 2021, 「「性別」で子どもの可能性を制限しないために」中村高康・松岡亮二編『現場で使える教育社会学 : 教職のための「教育格差」入門 』ミネルヴァ書房※2:伊佐夏実 2021, 「難関大に進学する女子はなぜ少ないのか」『教育社会学研究第109集』※3:江原由美子 1999, 「男子校高校生の性差意識–男女平等教育の「空白域」?」 教育学年報, no. 7 (September): 189-218.(中野 円佳 : 東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)、ジャーナリスト)
一般的に「男女別学」の良さは、異性の目を気にせずに好きなことに没頭できる点などといわれる。一方、東大に限らず、男子校出身者は性別役割分担意識が強くなりがちなこと等が指摘されている(※3)。
女子校の場合は、共学だと男子に席を譲りがちなリーダー職に就く経験が増えるなど、バイアスを乗り越えるきっかけが得やすくなる可能性がある。社会におけるマイノリティ(女性)とマジョリティ(男性)とが、「異性の目を気にしないですむこと」、その意義を同列に語ることはできないだろう。
もちろん、男子校といってもさまざまで、すべての男子校が男尊女卑カルチャーであるわけでもないし、同じ学校出身であっても卒業生の価値観は一様ではない。
しかし、東大の場合、集団のなかの多数派が「標準」になるとすれば、日本人の関東圏の私立男子校出身者で、おそらくシスジェンダー(性自認と生まれたときに割り当てられた性別が一致している人)で異性愛者のカルチャーということになろう。
ジャーナリストの中野円佳さんによる連載、第12回です(画像をクリックすると連載一覧にジャンプします)
前回扱った「成功者による差別」は、もちろん女性の中にもあり得る。これを書いている私自身、性別以外の面では多くのマジョリティ性を持ち、マイノリティへの想像力が働かせられていないこともあるだろう。
ただマイノリティ側の経験をしたことがほとんどなく、女子がいない環境に慣れ、自分たちを競争の成功者と認識し、そのまま意気揚々と社会に出ていく人たちが、社会的経済的地位を築き、ビジネスや政治の中心に居座るというルートができあがっているとしたら。
自分たちを標準として世界を回そうとする人たちの差別発言をいくら指摘しても、もぐらたたきにしかならない。
その「標準」の入り口ともなりうるのが、中学受験における学校選び、または塾選びということにもなるだろう。
子どもを持つ親としては自戒も込めて、子どもを苛烈な競争の成功者にするよりも、差別やハラスメントの加害者にしないことにも気を配りたい。
そして、東大も含め、学校側も、社会の公正にどのように寄与し、そこで何を伝えることができるのかが問われてくる。
※1 寺町晋哉 2021, 「「性別」で子どもの可能性を制限しないために」中村高康・松岡亮二編『現場で使える教育社会学 : 教職のための「教育格差」入門 』ミネルヴァ書房※2:伊佐夏実 2021, 「難関大に進学する女子はなぜ少ないのか」『教育社会学研究第109集』※3:江原由美子 1999, 「男子校高校生の性差意識–男女平等教育の「空白域」?」 教育学年報, no. 7 (September): 189-218.
(中野 円佳 : 東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)、ジャーナリスト)