静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」(学校法人榛原学園運営)の送迎バス内で3歳女児の命が失われた。事件から1か月後の10月5日には女児の死亡が確認された時刻に合わせて園の理事長や職員が黙とうをささげた。
女児は登園時のバスから降ろされることなくエンジンを切った車内に5時間放置され、帰りのバスを準備する際に通路に倒れている状態で発見された。普段は降車を促す声掛けをしていたが、事件が起きた日に運転した理事長兼園長がその声掛けをしなかった「大人の不注意」が要因のひとつと見られる。
昨年7月にも同様の死亡事故が福岡県の保育園で起きたため、その後、政府は全国の幼稚園や保育所などに注意喚起を行っていた。事故を受けて政府は緊急対策としてバス送迎をしている全国約1万か所の幼稚園や認定こども園などで運行管理システムなどの点検を始め、事故を防止するための安全装置を全国すべての通園バスに義務付け、補助金を交付する考えを示している。置き去り死亡事故防止に関しては、やっと行政も本気で動き始めた印象がある。
その一方で「幼児専用のシートベルト」だけはまだ実用化されていない。道路運送車両法の保安基準を満たした「幼児専用車」は幼児用の座席ベルトを設置しなくてもよいことになっている。幼児が車に乗るときにはチャイルドシートでベルト着用が義務付けられ、それでもシートベルトの正しくない着用により、事故の衝撃で子供が車外に投げ出される事故が後を絶たない。にもかかわらず、園児バスでは「幼児専用ベルト」は実用化されていないのだ。
幼児バスの安全基準には、法的拘束力のある「道路運送車両法の保安基準」と、2013年に国交省より発表された「幼児専用車の車両安全性向上のためのガイドライン」がある。シートベルトがないことによる死傷率が低いことなどを理由に幼児バスではシートベルトの設置が免除されているが、ガイドラインではシートベルトの代わりに園児が座るシートの背もたれを10cm高くし、さらに子どもが頭や顔をぶつけてもダメージが少ないよう背もたれを分厚く柔らかい素材に変えることなどが推奨されていた。
このガイドラインの元になったヒアリングが2012年3月に実施され、国交省や自動車工業会(自動車メーカー)が全国の私立幼稚園の約9割が加入する「全日本私立幼稚園連合会」に対して聞き取りを行った。当時の回答を見ると、このときから園連合会側は幼児バスにシートベルトを導入することに消極的な姿勢であることがうかがえる。
・安全面について現状の車両で特に不安、不満はない
・ベルト義務化はスタッフの手間が増え、緊急脱出時も不安。メリットよりデメリットが多い
・装備追加でコスト増になるのは困る
さらに園連合会からは「(2012年当時の)安全性を問題視するなら幼児専用車そのものを廃止し、送迎を止めるという選択肢もありえる」といった暴論まで出ていたという。
そのヒアリングが行われて10年経過したが、幼児の使用に適したベルトの開発が完了しているのに、実用化にはいたっていない。幼児バスを開発する自動車メーカーにたずねたところ「3~6歳の幼児の使用に適したベストな幼児用ベルトはELR2点式シートベルト、幼児自身の脱着に関しても問題ないという技術的な検証を、すでに済ませています」という。
ではなぜ、実用化されないのか?国交省や自動車メーカーへの取材によって、10年前から変わらずベルト装備に消極的な園連合会の存在が再び浮上してきた。園連合会からの承認がないと、幼稚園児のベルトの義務化はできないのだろうか。
「強引に義務化しようと思えばできないことはありませんが、義務化しても実際に幼児用ベルトを正しく使ってもらえないと意味がありません。安全性と重要性を理解いただいて、WIN-WINの形で運用することが望ましいと考えています」(国土交通省車両基準・国際課)
対する「全日本私立幼稚園連合会」の伊豆山事務局長からは以下のような趣旨の回答が届いた。
「当連合会に、国交省様や自動車団体様が進めようとする政策を阻止できるような力はございません。何度か(最近も)国交省の担当者と自動車工業会様がお訪ねになり当連合会としての『懸念』を示させていただき、技術的な部分の改善等についてお願いしているところです。
(中略)通園バスでの幼児の安全確保は、私どもも望むところです。先にお示ししたとおり、従来から国交省様等からの要請があれば打ち合わせをさせていただき、真摯に対応もさせていただいております」
連合会がいう『懸念』とは、以下の内容だ。
_从劼籠Ю攣故等の緊急時に、認定こども園で通園バスを使用する2歳児以下の子供も含めて、素早く脱出が出来るのか。
▲掘璽肇戰襯氾の装着に時間がかかり、職員への負担が増えること。また、シートベルト装着に時間がかかったことによって渋滞を引き起こし、近隣住民からの苦情がでてしまうのではないか。
「シートベルト義務化」に伴う各園への助成措置を創設できるのだろうか。
特にに書いた「各園への助成措置」とは、シートベルト義務化によって現在のバスは使用できなくなり、各園が通園バスを買い替えなければいけなくなる、と想定しているのだろうか。園連合会は各園に対して、バス買い替え位に必要な補助金を用意しなければいけないと考えていると思われ、「幼児専用シートベルト」を実用化できない理由のひとつに全国の幼児バスに支援を想定した場合の経済的事情が考えられる。
しかし園連合会の前会長で「幼稚園界のドン」と言われていた香川敬氏は、7月に業務上横領と私文書偽造の疑いで前事務局長の勝倉教雄氏とともに逮捕された。政治家と週3~4回の会食を通して「陳情」していた香川氏は、その深いパイプを利用することで幼児教育無償化の法改正にこぎつけた、といわれているが、一方で6億8000万円もの不正出金が発覚。その大半にこの2人が関わっているという報道もある。
もし、6億円も使えるお金があるならば、安全なバスを購入するための費用の一部を補助するのは決してむずかしくはなく、ベルト着用が義務化になったとしても即座にバスを買い替える必要はないと思うのだが……。大人の事情で子どもたちの安全が損なわれることがあってはならない。
取材・文:加藤久美子