新型コロナウイルスの世界的流行により姿を消していた訪日外国人旅行者が帰ってきた。コロナ対策のために実施されていた受入責任者制度が10月11日から廃止され、個人旅行も解禁されたためだ。俳人で著作家の日野百草氏が、円安日本で買い物を楽しむ外国人旅行客と、彼らを待っていたインバウンドに期待する日本人の方々に話を聞いた。
【写真】賑わう成田空港 * * *「とても安い、50万円買いました。半額以下です。とてもハッピーです」

銀座ではすでに外国人観光客が目立ち始めている。浅草はもちろん新宿、渋谷もそうだ。東南アジアから来たという女性はすでにブランド服・小物を50万円は買ったという。「まだ買います。予算は200万円です」 消費欲旺盛、彼女は別に富裕層というわけでなく、普通の会社員だと話す。 2022年10月11日、ついに2020年から続いた新型コロナウイルス感染症対策の新規入国制限が見直され、事実上の撤廃となった。これまで水際対策のひとつとされた外国人観光客を含む入国者数の上限および受入責任者制度に基づくERFS(入国者健康確認システム)は廃止され、「外国人観光客の受入れ対応に関するガイドライン」も廃止、外国人観光客の個人旅行も解禁された。 いよいよ「インバウンド復活か」というこの日、コロナ禍以前のような外国人観光客の姿が都内のあちこちで見られた。街行く外国人観光客に話しかけてみる。筆者は少し英語ができる程度なので英語が話せる人限定、という体だが先ほどの女性に続き、こちらも東南アジアから来たという若い男女二人組に話を聞く。「ずっと待ってました。日本は大好き、スポーツ用品をたくさん買いたい」 こちらも消費欲旺盛、お目当てはナイキ、アディダス、プーマといったスポーツ用品だと話す。「品揃えも豊富で安い。偽物を心配する必要もありません」 なるほど、信頼と安さのジャパンということか。別のEU圏から来たという男性に行きたいところを聞くと「アニメショップ」と話してくれた。「アキバ(秋葉原)に行きたい、二度目だけど、メイドカフェも行きたい」 ずっとニュースで入国解禁を待っていたという彼、好きなアニメは『ONE PIECE』(ワンピース)とのことで、こうしたいわゆる「クールジャパン」目当ての外国人は他にもいて、聞くと『NARUTO』(ナルト)、『ポケットモンスター』といったお馴染みのタイトルを挙げてくれた。「前に来た時よりも安くて助かるよ」 とのことで、やはり145円台(2022年10月11日時点)の円安もあって、ほとんどの外国人観光客から出てくる言葉は「cheap」「reasonable」「good value」とさまざまだ、要するに「安い」ということだ。もちろん日本に来る外国人は余裕のある人が多いという大前提はあるだろうが、1990年前後に日本人観光客が海外、とくに東南アジアで連呼した「安い」と逆転した感がある。 韓国から日本に来たという女性二人組のお目当ては東京ディズニーランドだと話してくれた。彼女たちは日本語も少し出来るとのこと。韓国の旅行会社によれば、日本旅行の予約は20倍まで増加したという。「上海より日本のディズニーランドが好き、比べ物にならない」 嬉しい言葉。日本人だから言うわけではないが、ディズニーランドは日本が一番だと思う。そもそもゼロコロナ政策をいまだに続ける中国、まして上海に観光は現実的ではないだろう。ただ、残念なのはこれを書いている時点でパレード中止というニュースが飛び込んできた。安全のためとはいえせっかくの外国人観光客解禁、早く再開すればいいのだが。 駅ナカのコンビニにも外国人観光客、話しかけるといろいろ商品について聞かれてしまう。コンビニおにぎりと助六寿司を気に入った様子。やはり「とても安い」と喜んでいた。もっとも、おにぎりはどの国でもスタンダードな食事ではないため海外ではとても高い。ビックマック指数とは関係なしに、この安さは日本ならではなのだろう。 本当はお決まりの光景、マクドナルドで外国人観光客が「日本は安い」なんて驚く場面など遭遇したかったが、彼とは別の観光客も「安いけど、日本でわざわざ食べないよ」とのことで、当たり前だが実際に聞けば日本ではスシ、ソバ、テンプラといった和食が目当ての方々ばかりだった。値上げしても「海外の富裕層からしたら安いと思います」 解禁に期待を寄せる日本人の側にも聞いた。蕎麦店のスタッフはこう話す。「日本人のみなさんは外食を控えるようになりましたから、外国からの観光客には期待しています」 こうした飲食店もまた、インバウンドの復活を期待している。銀座、ハイジュエリーブランドのスタッフの話。「コロナはもちろんですが、値上げを繰り返しましたので厳しい状況でした。ブライダル以外、日本人のお客様は固定客がほとんどですから、外国人観光客に買っていただくのとそうでないのとでは違います」 コロナ禍の影響以外にも円安、金やプラチナ、ダイヤモンドといった原材料や海外の人件費の高騰、ロシアとウクライナの問題なども重なり、こうしたジュエリーもまた値上げラッシュが続いている。というか、原材料のほとんどを海外依存する日本では何もかもが値上がりしている。上がらないのは実質賃金だけだ。「値上げでも海外の富裕層からしたら日本は安いと思いますよ。日本が一番安かった、という国の方々もいらっしゃいます。これまではビジネスの方だけでしたが、観光でお金に余裕のある方々がいらしてくれたらと期待しています」 物価上昇と賃金アップが並行して続く国々からすれば賃金アップ、収入アップの分、安い日本で買うのは必然かもしれない。日本は物価上昇だけで30年間賃金は上がらないままに増税も続く。インバウンドに期待するしかないということか。 外国人に人気の下町の店主はこう話す。「日本人はお金ないからね、外国人のほうがドーンと買ってくれるから、これから取り戻すよ。あとは中国から来てくれればねえ、コロナ前はよかったのに」 先に書いた通りゼロコロナ政策を続ける中国はいまだに海外からの帰国には10日間の隔離が義務付けられている。中国共産党と習近平の思惑は別のところにあるのだろうが当分は難しいだろう。クールジャパンとチープジャパン 翌日12日の朝、JR中央線は人身事故で大混雑、オーストラリアから来たと話す男性はさっそく日本の早朝ラッシュと人身事故の洗礼を浴びた様子。「仕方ないね」 と首をすくめてみせた。人身事故は40代の男性だった。それにしても多い。ラッシュだけでなく人身事故もこの国の象徴になってしまった。 解禁からすぐに来日してくれた外国の方々はみな日本が大好きで、日本の文化「クールジャパン」と日本の安さ「チープジャパン」に喜んでいた。この日は1ドル146円とまた円安が進んだ。 かつて年間4.8兆円もあったインバウンド消費(第16回観光立国推進閣僚会議による)はコロナ禍に事実上、消滅した。欧米だけでなくアジア諸国の中間層も豊かになったいま、日本は観光と来日外国人の消費に期待するしかない現実を受け入れるしかないのだろうか。かつての途上国と本当に逆転しようとしている。 それを示すかのようにこの日12日の午後、岸田文雄首相は「観光復活」を内外に言明した。「大阪・関西万博が開催される2025年をターゲットに、我が国の観光を持続可能な形で復活させるために新たな観光立国推進基本計画を本年度末までに策定して下さい」 今回の新規入国制限の撤廃は経団連の強い意向でもある。また今年の8月には「留学生30万人計画」からさらに増やす計画の策定も岸田首相は指示している。消費のインバウンドだけでなく、人材のインバウンドにも縋ろうとする政府の姿勢が垣間見える。 いまだに感染症法上「2類相当」のままに新規入国制限を撤廃した日本、かつては訪日外国人の旅行消費額で36.8%(2019年、観光庁)を占めていた本命の中国人含め、これからも続々と来日してくださることだろう。インバウンドに期待する方々の気持ちもわかるし、外国人観光客の方々も安い日本に喜んでくれている。 これがこの国の目指す「アフターコロナ」ということだ。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
* * *「とても安い、50万円買いました。半額以下です。とてもハッピーです」
銀座ではすでに外国人観光客が目立ち始めている。浅草はもちろん新宿、渋谷もそうだ。東南アジアから来たという女性はすでにブランド服・小物を50万円は買ったという。
「まだ買います。予算は200万円です」
消費欲旺盛、彼女は別に富裕層というわけでなく、普通の会社員だと話す。
2022年10月11日、ついに2020年から続いた新型コロナウイルス感染症対策の新規入国制限が見直され、事実上の撤廃となった。これまで水際対策のひとつとされた外国人観光客を含む入国者数の上限および受入責任者制度に基づくERFS(入国者健康確認システム)は廃止され、「外国人観光客の受入れ対応に関するガイドライン」も廃止、外国人観光客の個人旅行も解禁された。
いよいよ「インバウンド復活か」というこの日、コロナ禍以前のような外国人観光客の姿が都内のあちこちで見られた。街行く外国人観光客に話しかけてみる。筆者は少し英語ができる程度なので英語が話せる人限定、という体だが先ほどの女性に続き、こちらも東南アジアから来たという若い男女二人組に話を聞く。
「ずっと待ってました。日本は大好き、スポーツ用品をたくさん買いたい」
こちらも消費欲旺盛、お目当てはナイキ、アディダス、プーマといったスポーツ用品だと話す。
「品揃えも豊富で安い。偽物を心配する必要もありません」
なるほど、信頼と安さのジャパンということか。別のEU圏から来たという男性に行きたいところを聞くと「アニメショップ」と話してくれた。
「アキバ(秋葉原)に行きたい、二度目だけど、メイドカフェも行きたい」
ずっとニュースで入国解禁を待っていたという彼、好きなアニメは『ONE PIECE』(ワンピース)とのことで、こうしたいわゆる「クールジャパン」目当ての外国人は他にもいて、聞くと『NARUTO』(ナルト)、『ポケットモンスター』といったお馴染みのタイトルを挙げてくれた。
「前に来た時よりも安くて助かるよ」
とのことで、やはり145円台(2022年10月11日時点)の円安もあって、ほとんどの外国人観光客から出てくる言葉は「cheap」「reasonable」「good value」とさまざまだ、要するに「安い」ということだ。もちろん日本に来る外国人は余裕のある人が多いという大前提はあるだろうが、1990年前後に日本人観光客が海外、とくに東南アジアで連呼した「安い」と逆転した感がある。
韓国から日本に来たという女性二人組のお目当ては東京ディズニーランドだと話してくれた。彼女たちは日本語も少し出来るとのこと。韓国の旅行会社によれば、日本旅行の予約は20倍まで増加したという。
「上海より日本のディズニーランドが好き、比べ物にならない」
嬉しい言葉。日本人だから言うわけではないが、ディズニーランドは日本が一番だと思う。そもそもゼロコロナ政策をいまだに続ける中国、まして上海に観光は現実的ではないだろう。ただ、残念なのはこれを書いている時点でパレード中止というニュースが飛び込んできた。安全のためとはいえせっかくの外国人観光客解禁、早く再開すればいいのだが。
駅ナカのコンビニにも外国人観光客、話しかけるといろいろ商品について聞かれてしまう。コンビニおにぎりと助六寿司を気に入った様子。やはり「とても安い」と喜んでいた。もっとも、おにぎりはどの国でもスタンダードな食事ではないため海外ではとても高い。ビックマック指数とは関係なしに、この安さは日本ならではなのだろう。
本当はお決まりの光景、マクドナルドで外国人観光客が「日本は安い」なんて驚く場面など遭遇したかったが、彼とは別の観光客も「安いけど、日本でわざわざ食べないよ」とのことで、当たり前だが実際に聞けば日本ではスシ、ソバ、テンプラといった和食が目当ての方々ばかりだった。
解禁に期待を寄せる日本人の側にも聞いた。蕎麦店のスタッフはこう話す。
「日本人のみなさんは外食を控えるようになりましたから、外国からの観光客には期待しています」
こうした飲食店もまた、インバウンドの復活を期待している。銀座、ハイジュエリーブランドのスタッフの話。
「コロナはもちろんですが、値上げを繰り返しましたので厳しい状況でした。ブライダル以外、日本人のお客様は固定客がほとんどですから、外国人観光客に買っていただくのとそうでないのとでは違います」
コロナ禍の影響以外にも円安、金やプラチナ、ダイヤモンドといった原材料や海外の人件費の高騰、ロシアとウクライナの問題なども重なり、こうしたジュエリーもまた値上げラッシュが続いている。というか、原材料のほとんどを海外依存する日本では何もかもが値上がりしている。上がらないのは実質賃金だけだ。
「値上げでも海外の富裕層からしたら日本は安いと思いますよ。日本が一番安かった、という国の方々もいらっしゃいます。これまではビジネスの方だけでしたが、観光でお金に余裕のある方々がいらしてくれたらと期待しています」
物価上昇と賃金アップが並行して続く国々からすれば賃金アップ、収入アップの分、安い日本で買うのは必然かもしれない。日本は物価上昇だけで30年間賃金は上がらないままに増税も続く。インバウンドに期待するしかないということか。
外国人に人気の下町の店主はこう話す。
「日本人はお金ないからね、外国人のほうがドーンと買ってくれるから、これから取り戻すよ。あとは中国から来てくれればねえ、コロナ前はよかったのに」
先に書いた通りゼロコロナ政策を続ける中国はいまだに海外からの帰国には10日間の隔離が義務付けられている。中国共産党と習近平の思惑は別のところにあるのだろうが当分は難しいだろう。
翌日12日の朝、JR中央線は人身事故で大混雑、オーストラリアから来たと話す男性はさっそく日本の早朝ラッシュと人身事故の洗礼を浴びた様子。
「仕方ないね」
と首をすくめてみせた。人身事故は40代の男性だった。それにしても多い。ラッシュだけでなく人身事故もこの国の象徴になってしまった。
解禁からすぐに来日してくれた外国の方々はみな日本が大好きで、日本の文化「クールジャパン」と日本の安さ「チープジャパン」に喜んでいた。この日は1ドル146円とまた円安が進んだ。
かつて年間4.8兆円もあったインバウンド消費(第16回観光立国推進閣僚会議による)はコロナ禍に事実上、消滅した。欧米だけでなくアジア諸国の中間層も豊かになったいま、日本は観光と来日外国人の消費に期待するしかない現実を受け入れるしかないのだろうか。かつての途上国と本当に逆転しようとしている。
それを示すかのようにこの日12日の午後、岸田文雄首相は「観光復活」を内外に言明した。
「大阪・関西万博が開催される2025年をターゲットに、我が国の観光を持続可能な形で復活させるために新たな観光立国推進基本計画を本年度末までに策定して下さい」
今回の新規入国制限の撤廃は経団連の強い意向でもある。また今年の8月には「留学生30万人計画」からさらに増やす計画の策定も岸田首相は指示している。消費のインバウンドだけでなく、人材のインバウンドにも縋ろうとする政府の姿勢が垣間見える。
いまだに感染症法上「2類相当」のままに新規入国制限を撤廃した日本、かつては訪日外国人の旅行消費額で36.8%(2019年、観光庁)を占めていた本命の中国人含め、これからも続々と来日してくださることだろう。インバウンドに期待する方々の気持ちもわかるし、外国人観光客の方々も安い日本に喜んでくれている。
これがこの国の目指す「アフターコロナ」ということだ。
【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。