意見書の数は「通常の100倍」「私は千代田区の職員を経て1991年に千代田区議会議員に初当選して以来、ほとんどの期間を千代田区政に関わってきましたが、都市開発に関する過去の意見書の数はせいぜい30~40通程度が普通。最も多かったときで100通超でした。ところが今回の日本テレビ旧本社ビルの再開発計画案では、前代未聞の4000通近くに上りました。しかも住民の圧倒的多数が開発案に反対しているのに、意見書の7割は開発に賛成なんです。
区民からは “あまりに不自然で区民の意思を正しく反映していない”、“何らかの組織票があったのではないか” との声が相次いでいます」そう語るのは千代田区議を7期務める小枝すみ子さんだ。Photo by iStock(写真はイメージです) 東京都内屈指の高級住宅街、千代田区二番町にある日本テレビの旧本社ビルの再開発問題が迷走を続けている。2004年に二番町から港区汐留に本社を移転して以来、旧本社ビルの再開発は日テレの長年の懸案だった。2018年、区と住民が決めた「都市計画マスタープラン」で定められた、建築物の60メートルの高さ制限を150メートルに大幅緩和する案が表面化すると、区民から「日テレだけ特別扱いするのはおかしい」との反対が噴出。同年5月、千代田区在住の榊原定征経団連元会長、柳井俊二元外務事務次官、ノーベル化学賞受賞者の野依良治氏らを顧問に、反対派住民による「番町の街並みを守る会」が結成された。また旧本社ビルと隣接する女子学院も超高層ビル建設反対の声を上げた。「自由に開発を進めていただいてこそ」これに対し千代田区は、旧本社ビル地区を二番町の他の地域と切り離して例外的に規制緩和できる「再開発促進区」に指定し、高さ90メートル、容積率700パーセントに基準を緩和する案を住民に提示した。千代田区は今年2月、区の案について二番町の地権者に意見を募集。3月には、都市計画法17条に基づき、千代田区民と「利害関係人」にも意見を求めた。利害関係人とは、一般的には区外から千代田区に通勤、通学している人のことだが、実際はどこに住んでいる人でも意見を出せる。冒頭の小枝区議が疑問視しているのは17条の意見募集のほうだ。千代田区の発表によると、3月の募集で提出された意見書は全部で3978通あり、賛成は2853通、反対は1088通。7割以上が区案に賛成した。千代田区のホームページに掲載された代表的な賛成意見には、「自由に開発を進めていただいてこそ、よりよい街づくりができるものではないか」「計画されている広い緑地空間を、二番町という地価の高い場所に設けることは、開発者である日テレが、この地を創業の地として60有余年に亘り企業として愛着を持って接してきた証」などがあり、反対意見には次のようなものがあった。「高層ビルを作るべきではないと言う判断のもと、高さ制限の条例を策定したわけであり、まさにその懸念事案が発生した時点で高さ制限を超える計画を強行するのは、ルールを無視している。一企業の私利私欲のためにルールを曲げるなどあってはならないこと」「日本テレビが造った広場は、夜中に近くのビジネスマンが集まって大声で飲食したり、飲み物を飲んだ若者がゴミを片付けないで立ち去ったり、住民が迷惑を被っている」日テレ元社員の告発前出の小枝区議が語る。「7割以上が賛成したといいますが、千代田区が公表した番町地区(一番町から六番町、麹町3・4丁目)の住民の意見書では、賛成275通に対し反対が658通で、反対が圧倒的多数を占めました。『賛成7割』との整合性に欠け、不自然さが否めません」しかも千代田区が、区民とそれ以外の意見書の正確な内訳を公表しなかったため、「日テレが取引先企業に働きかけ、賛成の意見書を出させたのではないか」という憶測が反対派住民の間で広まった。実際、複数の区民から、「意見書提出者の住所、氏名のみならず、その属性(住民、通勤者、通学者など)等も把握・分析し、民意を正確に把握してほしい」という陳情書が区長、区議会議長に提出されている。こうした混乱の最中、千代田区内で発行されているある月刊タウン誌に、17条の意見書に関連する記事が掲載され、関係者の間で話題になっている。このタウン誌は神田、お茶の水の文化の探訪を主なテーマにしている。その中の「江戸城とその周辺の初期写真」という長期連載の47回目の記事の一部に「日テレ再開発問題」が取り上げられているのだ。筆者のX氏は日テレの元社員である。「相変わらず日テレの開発がメディアを賑わしている」「地元で2.5倍の反対票が勝ったのはこれまで通りの流れだが、問題はこの地域外からの『前代未聞』の異常な賛成票だ」と前置きしてX氏はこう書いている。「疑われるのは会社ぐるみ組織動員というわけだが、たまたま私の友人の会社にも、『日テレの幹部から依頼があった』という話を聞いた。その会社は驚き、弁護士にも照会して『コンプライアンス上問題がある』と断ったそうだ。当然の措置だろう」再開発にこだわるワケ今回、X氏に直接話を聞いた。–お友だちの会社の名前は?「それを言うと迷惑がかかるので明かせませんが、記事の内容は、実際に私が友人から聞いたことです。友人とは長年の付き合いで、信頼できる人物です。この話が事実なら、本来、世論調査に絶対中立で正確さを求める放送会社として問題だと思います」X氏が情報源を明かさないため、真偽のほどは不明だが、X氏はタウン誌に実名で記事を書いており、記事内容に自信を持っているようだ。かつて日テレに勤務していたX氏によると、本社ビル再開発は、日テレの筆頭株主である読売新聞社と日テレグループにとって、経営戦略上、極めて重要な意味があるという。「本社ビルの再開発といっても、最近はセットはCGで作れるので、スタジオの入る社屋の大きさはさして重要ではない。本丸は都心の大型開発をテコにした周辺事業への進出と、それをテレビ局が得意とするコンテンツ事業とどう連動させるか。日テレの持ち株会社である日本テレビ・ホールディングスの代表取締役議長には、読売新聞グループ本社社長が就任しています。新聞の部数減が著しく、テレビもインターネットに押されている今、不動産開発は今後の収益の柱になっていくでしょう」日テレからの反論は…?日テレ・ホールディングスの有価証券報告書(2022年度)には、「感動×信頼のNo.1企業へ」という経営方針が掲げられている。中期経営計画のスローガンは「テレビを超えろ、ボーダーを超えろ。」で、「新規ビジネス創出の加速」の重要性を強調している。報告書によると、汐留、番町地区を主とする不動産関連事業の売り上げは約105億円。不動産関連事業の営業利益は前年度比で37億円以上伸びている。一方、番町再開発事業に関して、報告書には次のような懸念が記されている。「予期せぬ事情により今後の計画に何らかの影響が及んだ場合は、当社グループの経営成績及び財政状態に影響を与える可能性があります」日テレ・ホールディングス広報部と不動産事業部の部長らは、筆者の取材に対し“動員疑惑”を全面否定、反対派住民側の主張にもこう反論した。「17条の意見書は広く意見を募って再開発計画に反映させることが目的であり、そもそも賛否の数は重要ではありませんでした。したがって、日テレが取引先などを動員して賛成意見を増やす必要性はまったくないですし、そのような事実はまったくありません」また、住民の理解が十分に得られていないことについては、こう語る。「150メートル(の高さ制限緩和)の話が表面化したのをきっかけに、話がこじれてしまった。それが残念です。こちらも、もっと誤解を解く努力をすべきでした。しかし、そもそも日テレ側には150メートルの(ビルを建てる)計画はありませんでした。町内会長や住民との話し合いの場で、住民側から“そう言えば日テレのテレビ塔は154メートルあったな”という話が出たので、150メートル案の図の作成をお手伝いしたことはありますが、日テレ側が提案したわけではない」90メートルへの緩和が日テレの「私利私欲」との批判についても、こう反論する。「実は弊社にとってはむしろ60メートル(のビル)のほうが企業として利益になるのです。高くすればするほど建築コストが上がる一方、細長いビルはエレベータなどのコア部分が占める割合が増えて、ワンフロア当たりのテナントに貸せる面積が減るので、企業利益につながりにくいのです。弊社が90メートルへの緩和を言っているのは、“日テレのビルの脇に2500屬旅場が欲しい”という住民の強い要望に応えるためです。それを実現するためには(容積率の関係で)90メートル以下程度の高さが必要なのです。それと、反対派の住民の方々は、広場などで日テレが商業イベントを開いて儲けると思い込んでいるようですが、開発地域は劇場、映画館、演劇・観覧場やホテルなどを建設できない第一種文教地区に当たります。アイドルのコンサートなんて到底できず、せいぜいが地域の防災イベントなどにキャラクターを連れていく程度のことしかできないのです」二番町の再開発は、当初の予定では2025年にも着工する予定だったが、遅れに遅れている。東京のど真ん中で、こじれにこじれた再開発問題に出口はあるか。・・・・・さらに関連記事『8月に樹木伐採がスタート…再開発中止の声を「完全無視」する明治神宮と三井不動産の「11年共闘」』では、いま起きている“もうひとつの異変”について詳しく解説しています。
「私は千代田区の職員を経て1991年に千代田区議会議員に初当選して以来、ほとんどの期間を千代田区政に関わってきましたが、都市開発に関する過去の意見書の数はせいぜい30~40通程度が普通。最も多かったときで100通超でした。
ところが今回の日本テレビ旧本社ビルの再開発計画案では、前代未聞の4000通近くに上りました。しかも住民の圧倒的多数が開発案に反対しているのに、意見書の7割は開発に賛成なんです。
区民からは “あまりに不自然で区民の意思を正しく反映していない”、“何らかの組織票があったのではないか” との声が相次いでいます」
そう語るのは千代田区議を7期務める小枝すみ子さんだ。
Photo by iStock(写真はイメージです)
東京都内屈指の高級住宅街、千代田区二番町にある日本テレビの旧本社ビルの再開発問題が迷走を続けている。
2004年に二番町から港区汐留に本社を移転して以来、旧本社ビルの再開発は日テレの長年の懸案だった。2018年、区と住民が決めた「都市計画マスタープラン」で定められた、建築物の60メートルの高さ制限を150メートルに大幅緩和する案が表面化すると、区民から「日テレだけ特別扱いするのはおかしい」との反対が噴出。
同年5月、千代田区在住の榊原定征経団連元会長、柳井俊二元外務事務次官、ノーベル化学賞受賞者の野依良治氏らを顧問に、反対派住民による「番町の街並みを守る会」が結成された。また旧本社ビルと隣接する女子学院も超高層ビル建設反対の声を上げた。
これに対し千代田区は、旧本社ビル地区を二番町の他の地域と切り離して例外的に規制緩和できる「再開発促進区」に指定し、高さ90メートル、容積率700パーセントに基準を緩和する案を住民に提示した。
千代田区は今年2月、区の案について二番町の地権者に意見を募集。3月には、都市計画法17条に基づき、千代田区民と「利害関係人」にも意見を求めた。利害関係人とは、一般的には区外から千代田区に通勤、通学している人のことだが、実際はどこに住んでいる人でも意見を出せる。
冒頭の小枝区議が疑問視しているのは17条の意見募集のほうだ。
千代田区の発表によると、3月の募集で提出された意見書は全部で3978通あり、賛成は2853通、反対は1088通。7割以上が区案に賛成した。千代田区のホームページに掲載された代表的な賛成意見には、
「自由に開発を進めていただいてこそ、よりよい街づくりができるものではないか」
「計画されている広い緑地空間を、二番町という地価の高い場所に設けることは、開発者である日テレが、この地を創業の地として60有余年に亘り企業として愛着を持って接してきた証」
などがあり、反対意見には次のようなものがあった。
「高層ビルを作るべきではないと言う判断のもと、高さ制限の条例を策定したわけであり、まさにその懸念事案が発生した時点で高さ制限を超える計画を強行するのは、ルールを無視している。一企業の私利私欲のためにルールを曲げるなどあってはならないこと」
前出の小枝区議が語る。
「7割以上が賛成したといいますが、千代田区が公表した番町地区(一番町から六番町、麹町3・4丁目)の住民の意見書では、賛成275通に対し反対が658通で、反対が圧倒的多数を占めました。『賛成7割』との整合性に欠け、不自然さが否めません」
しかも千代田区が、区民とそれ以外の意見書の正確な内訳を公表しなかったため、「日テレが取引先企業に働きかけ、賛成の意見書を出させたのではないか」という憶測が反対派住民の間で広まった。
実際、複数の区民から、「意見書提出者の住所、氏名のみならず、その属性(住民、通勤者、通学者など)等も把握・分析し、民意を正確に把握してほしい」という陳情書が区長、区議会議長に提出されている。
こうした混乱の最中、千代田区内で発行されているある月刊タウン誌に、17条の意見書に関連する記事が掲載され、関係者の間で話題になっている。このタウン誌は神田、お茶の水の文化の探訪を主なテーマにしている。
その中の「江戸城とその周辺の初期写真」という長期連載の47回目の記事の一部に「日テレ再開発問題」が取り上げられているのだ。筆者のX氏は日テレの元社員である。
「相変わらず日テレの開発がメディアを賑わしている」「地元で2.5倍の反対票が勝ったのはこれまで通りの流れだが、問題はこの地域外からの『前代未聞』の異常な賛成票だ」
と前置きしてX氏はこう書いている。
「疑われるのは会社ぐるみ組織動員というわけだが、たまたま私の友人の会社にも、『日テレの幹部から依頼があった』という話を聞いた。その会社は驚き、弁護士にも照会して『コンプライアンス上問題がある』と断ったそうだ。当然の措置だろう」
今回、X氏に直接話を聞いた。
–お友だちの会社の名前は?
「それを言うと迷惑がかかるので明かせませんが、記事の内容は、実際に私が友人から聞いたことです。友人とは長年の付き合いで、信頼できる人物です。この話が事実なら、本来、世論調査に絶対中立で正確さを求める放送会社として問題だと思います」
X氏が情報源を明かさないため、真偽のほどは不明だが、X氏はタウン誌に実名で記事を書いており、記事内容に自信を持っているようだ。
かつて日テレに勤務していたX氏によると、本社ビル再開発は、日テレの筆頭株主である読売新聞社と日テレグループにとって、経営戦略上、極めて重要な意味があるという。
「本社ビルの再開発といっても、最近はセットはCGで作れるので、スタジオの入る社屋の大きさはさして重要ではない。本丸は都心の大型開発をテコにした周辺事業への進出と、それをテレビ局が得意とするコンテンツ事業とどう連動させるか。
日テレの持ち株会社である日本テレビ・ホールディングスの代表取締役議長には、読売新聞グループ本社社長が就任しています。新聞の部数減が著しく、テレビもインターネットに押されている今、不動産開発は今後の収益の柱になっていくでしょう」
日テレ・ホールディングスの有価証券報告書(2022年度)には、「感動×信頼のNo.1企業へ」という経営方針が掲げられている。中期経営計画のスローガンは「テレビを超えろ、ボーダーを超えろ。」で、「新規ビジネス創出の加速」の重要性を強調している。
報告書によると、汐留、番町地区を主とする不動産関連事業の売り上げは約105億円。不動産関連事業の営業利益は前年度比で37億円以上伸びている。
一方、番町再開発事業に関して、報告書には次のような懸念が記されている。
「予期せぬ事情により今後の計画に何らかの影響が及んだ場合は、当社グループの経営成績及び財政状態に影響を与える可能性があります」
日テレ・ホールディングス広報部と不動産事業部の部長らは、筆者の取材に対し“動員疑惑”を全面否定、反対派住民側の主張にもこう反論した。
「17条の意見書は広く意見を募って再開発計画に反映させることが目的であり、そもそも賛否の数は重要ではありませんでした。したがって、日テレが取引先などを動員して賛成意見を増やす必要性はまったくないですし、そのような事実はまったくありません」
また、住民の理解が十分に得られていないことについては、こう語る。
「150メートル(の高さ制限緩和)の話が表面化したのをきっかけに、話がこじれてしまった。それが残念です。こちらも、もっと誤解を解く努力をすべきでした。
しかし、そもそも日テレ側には150メートルの(ビルを建てる)計画はありませんでした。町内会長や住民との話し合いの場で、住民側から“そう言えば日テレのテレビ塔は154メートルあったな”という話が出たので、150メートル案の図の作成をお手伝いしたことはありますが、日テレ側が提案したわけではない」
90メートルへの緩和が日テレの「私利私欲」との批判についても、こう反論する。
「実は弊社にとってはむしろ60メートル(のビル)のほうが企業として利益になるのです。高くすればするほど建築コストが上がる一方、細長いビルはエレベータなどのコア部分が占める割合が増えて、ワンフロア当たりのテナントに貸せる面積が減るので、企業利益につながりにくいのです。
弊社が90メートルへの緩和を言っているのは、“日テレのビルの脇に2500屬旅場が欲しい”という住民の強い要望に応えるためです。それを実現するためには(容積率の関係で)90メートル以下程度の高さが必要なのです。
それと、反対派の住民の方々は、広場などで日テレが商業イベントを開いて儲けると思い込んでいるようですが、開発地域は劇場、映画館、演劇・観覧場やホテルなどを建設できない第一種文教地区に当たります。アイドルのコンサートなんて到底できず、せいぜいが地域の防災イベントなどにキャラクターを連れていく程度のことしかできないのです」
二番町の再開発は、当初の予定では2025年にも着工する予定だったが、遅れに遅れている。東京のど真ん中で、こじれにこじれた再開発問題に出口はあるか。
・・・・・
さらに関連記事『8月に樹木伐採がスタート…再開発中止の声を「完全無視」する明治神宮と三井不動産の「11年共闘」』では、いま起きている“もうひとつの異変”について詳しく解説しています。