ストーカーと700日戦った文筆家 「処罰だけでは安全に暮らせぬ」

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福岡市で1月に発生した元交際相手による刺殺事件から14日で50日。ストーカー規制法に基づく禁止命令に従った後に及んだ突然の凶行だったとされる。自分こそが被害者だと思い込み、「許せない」と相手への憎悪を膨らませるストーカー行為が後を絶たない。自らも被害に遭い、息が詰まるような恐怖を克明なルポとして出版した文筆家の内澤旬子(じゅんこ)さん(55)は「加害者治療」の重要性を指摘する。
22年のストーカー禁止命令、過去最多の1744件 DV相談も増加 JR博多駅近くで、会社員の女性(当時38歳)が刺殺された事件。県警はストーカー規制法に基づく緊急禁止命令を出し、再びつきまとい行為などをすれば、逮捕できる状況で防げなかった。元交際相手の被告には事件前、つきまとい衝動を抑えるためのカウンセリングは促されていなかった。香川・小豆島在住の内澤さんは「誰かがストーカー行為で亡くなる前に(加害者治療などの)法整備を進めたいと思って声を上げてきたのに、やりきれない」と悔しさをにじませる。「めちゃくちゃにしてやる」 内澤さんは2016年4月、当時交際していた高松市在住の男性に別れを告げた。これが700日にも及ぶ戦いの始まりだった。男性はSNS(ネット交流サービス)を通じて執拗(しつよう)にメッセージを送り、「やり直したい」と懇願した。内澤さんが「これ以上は警察へ相談に行く」と警告すると、「ストーカー扱いしたことは許さない」「島に行ってめちゃくちゃにしてやる」などとメッセージの内容がエスカレートしていった。 16年春、男性が実際に小豆島に来たことをメッセージで知った内澤さんは島内の警察署に通報したが、SNSでのメッセージ送信は当時、ストーカー規制法の適用外(17年に対象に加える改正法が施行)だった。脅迫罪での被害届提出を勧められ、男性は数日後に逮捕された。内澤さんは弁護士を雇って、今後男性が一切の連絡をしないことを盛り込んだ示談を成立させたが、男性の内澤さんへの憎悪は消えていなかった。数カ月後には内澤さんがほとんど使っていなかったSNSのアカウントに、一方的な連絡を再開。ネット掲示板にも大量の誹謗中傷を書き込んだ末に、再逮捕された。警告後、1割が行為を再開 ストーカー行為の被害者・加害者のカウンセリングを手がけるNPO「ヒューマニティ」(東京)理事長の小早川明子さんは、ストーカーの危険度を.螢好(やり直したいなどと懇願する)▲妊ぅ鵐献磧次僻稟修箙況眦な文句、待ち伏せなど)ポイズン(脅迫、暴力や住居侵入など)に3分類する。小早川さんは第三者として両者の間に立ち、加害者の被害者に対する執着を解消していく対応を取っている。,鉢△任呂海里茲Δ焚霪が有効だが、に至ると暴力に走る危険が一気に増すため、警察による身柄確保や被害者保護などが求められるという。 小早川さんによると、警察の介入があれば、ほとんどの加害者は「我に返る」という。警察庁が14~15年に実施した調査によると、警察から警告を受けた加害者のほとんどはつきまといをやめたが、約1割は1年以内に行為を再開した。「警告が効かないような加害者は接近欲求が強すぎるため、理性が働かない状態にある」(小早川さん)のが要因とみられる。 福岡の事件では、同法に基づく「緊急禁止命令」を下された被告は命令に応じる姿勢を見せたが、その50日後に女性を刺殺した。「禁止命令後は衝動的に自暴自棄になる加害者もいることから、被害者の保護が大変重要になる」と小早川さんは指摘する。加害者治療への高い壁 ストーカー行為を繰り返す加害者への「治療」としては、精神疾患の治療でも広く用いられている「認知行動療法」が現在の主流だが、小早川さんは「思考では衝動を止められない危険度の高いストーカーには、認知行動療法では不十分」とみている。薬物やアルコール、ギャンブル依存などと同様に、欲求自体を低減する「条件反射制御法」が有効であることが明らかになってきているという。 だが疑似体験を通して条件反射的に行動に出ないよう訓練する「条件反射制御法」を受けられる治療機関は少ないのに加え、そもそも現行法では義務化されていない加害者治療につながるケースは少ないのが現状だ。 警察庁によると、21年に全国の警察が治療の受診を働き掛けた加害者は993人で、実際に受診したのは16%の164人にとどまった。香川県警によると、県内のストーカーの認知件数は22年は132件で、うち禁止命令が下ったのは21件、ストーカー規制法での検挙数は18件だった。実際に加害者治療につながったのは22年が2人にとどまった。 香川県警は県内4医療機関と連携し、原則全ての加害者やその家族らに加害者治療について説明しているというが、県警の担当者は「加害者本人の同意が必要なことが壁となっており、本人に治療を受けるように促す説得が難しい事例も多い」と明かす。 ストーカー相談件数が全国最多の福岡県警では、加害者がカウンセリングを原則3回まで無償で受けられる制度などに取り組んできたが、今回の事件では被告への聞き取りから「極端な思考の偏りや支離滅裂な言動はない」として勧めなかった。内澤さんは「現場の警察官が治療の必要有無を判断するのは無理がある。専門家に治療への説得と被害者へのケアを担ってほしい」と、都道府県警に加害者担当のカウンセラーを少なくとも1人置くことを提言する。 内澤さんの被害を知って協力した評論家の荻上チキさんらが20年12月~21年1月に実施したネットでの実態調査によると、ストーカー被害者が女性の場合、対応として「引っ越し」や「一人での外出を控える」などの日常生活を制限されるケースが男性被害者よりも多いという。内澤さん自身も、島内での引っ越しを迫られた。 ストーカー被害について小早川さんの話などを聞き、加害者治療の重要性を知った内澤さん。男性の再逮捕後、治療を受けさせることを警察官や検察官に掛け合ったが理解されず、知人からは「治療を望むなんて優しい」とも言われた。こうした反応に対し、「それは違う。多くの加害者は服役しても1、2年で出所する。安全に暮らしていくために、被害者への執着を解いてもらいたいだけです」と訴える。 報復を恐れて沈黙する被害者も多い中、内澤さんは作家としての「執念」で19年にルポ「ストーカーとの七○○日戦争」を出版した思いを力を込めて語った。「『加害者に罰を与える』ことが中心の警察・司法の仕組みから、多くのストーカー被害者は取り残されている。被害者が、不安を抱えて生きていかねばならないのはおかしい」【西本紗保美】
JR博多駅近くで、会社員の女性(当時38歳)が刺殺された事件。県警はストーカー規制法に基づく緊急禁止命令を出し、再びつきまとい行為などをすれば、逮捕できる状況で防げなかった。元交際相手の被告には事件前、つきまとい衝動を抑えるためのカウンセリングは促されていなかった。香川・小豆島在住の内澤さんは「誰かがストーカー行為で亡くなる前に(加害者治療などの)法整備を進めたいと思って声を上げてきたのに、やりきれない」と悔しさをにじませる。
「めちゃくちゃにしてやる」
内澤さんは2016年4月、当時交際していた高松市在住の男性に別れを告げた。これが700日にも及ぶ戦いの始まりだった。男性はSNS(ネット交流サービス)を通じて執拗(しつよう)にメッセージを送り、「やり直したい」と懇願した。内澤さんが「これ以上は警察へ相談に行く」と警告すると、「ストーカー扱いしたことは許さない」「島に行ってめちゃくちゃにしてやる」などとメッセージの内容がエスカレートしていった。
16年春、男性が実際に小豆島に来たことをメッセージで知った内澤さんは島内の警察署に通報したが、SNSでのメッセージ送信は当時、ストーカー規制法の適用外(17年に対象に加える改正法が施行)だった。脅迫罪での被害届提出を勧められ、男性は数日後に逮捕された。内澤さんは弁護士を雇って、今後男性が一切の連絡をしないことを盛り込んだ示談を成立させたが、男性の内澤さんへの憎悪は消えていなかった。数カ月後には内澤さんがほとんど使っていなかったSNSのアカウントに、一方的な連絡を再開。ネット掲示板にも大量の誹謗中傷を書き込んだ末に、再逮捕された。
警告後、1割が行為を再開
ストーカー行為の被害者・加害者のカウンセリングを手がけるNPO「ヒューマニティ」(東京)理事長の小早川明子さんは、ストーカーの危険度を.螢好(やり直したいなどと懇願する)▲妊ぅ鵐献磧次僻稟修箙況眦な文句、待ち伏せなど)ポイズン(脅迫、暴力や住居侵入など)に3分類する。小早川さんは第三者として両者の間に立ち、加害者の被害者に対する執着を解消していく対応を取っている。,鉢△任呂海里茲Δ焚霪が有効だが、に至ると暴力に走る危険が一気に増すため、警察による身柄確保や被害者保護などが求められるという。
小早川さんによると、警察の介入があれば、ほとんどの加害者は「我に返る」という。警察庁が14~15年に実施した調査によると、警察から警告を受けた加害者のほとんどはつきまといをやめたが、約1割は1年以内に行為を再開した。「警告が効かないような加害者は接近欲求が強すぎるため、理性が働かない状態にある」(小早川さん)のが要因とみられる。
福岡の事件では、同法に基づく「緊急禁止命令」を下された被告は命令に応じる姿勢を見せたが、その50日後に女性を刺殺した。「禁止命令後は衝動的に自暴自棄になる加害者もいることから、被害者の保護が大変重要になる」と小早川さんは指摘する。
加害者治療への高い壁
ストーカー行為を繰り返す加害者への「治療」としては、精神疾患の治療でも広く用いられている「認知行動療法」が現在の主流だが、小早川さんは「思考では衝動を止められない危険度の高いストーカーには、認知行動療法では不十分」とみている。薬物やアルコール、ギャンブル依存などと同様に、欲求自体を低減する「条件反射制御法」が有効であることが明らかになってきているという。
だが疑似体験を通して条件反射的に行動に出ないよう訓練する「条件反射制御法」を受けられる治療機関は少ないのに加え、そもそも現行法では義務化されていない加害者治療につながるケースは少ないのが現状だ。
警察庁によると、21年に全国の警察が治療の受診を働き掛けた加害者は993人で、実際に受診したのは16%の164人にとどまった。香川県警によると、県内のストーカーの認知件数は22年は132件で、うち禁止命令が下ったのは21件、ストーカー規制法での検挙数は18件だった。実際に加害者治療につながったのは22年が2人にとどまった。
香川県警は県内4医療機関と連携し、原則全ての加害者やその家族らに加害者治療について説明しているというが、県警の担当者は「加害者本人の同意が必要なことが壁となっており、本人に治療を受けるように促す説得が難しい事例も多い」と明かす。
ストーカー相談件数が全国最多の福岡県警では、加害者がカウンセリングを原則3回まで無償で受けられる制度などに取り組んできたが、今回の事件では被告への聞き取りから「極端な思考の偏りや支離滅裂な言動はない」として勧めなかった。内澤さんは「現場の警察官が治療の必要有無を判断するのは無理がある。専門家に治療への説得と被害者へのケアを担ってほしい」と、都道府県警に加害者担当のカウンセラーを少なくとも1人置くことを提言する。
内澤さんの被害を知って協力した評論家の荻上チキさんらが20年12月~21年1月に実施したネットでの実態調査によると、ストーカー被害者が女性の場合、対応として「引っ越し」や「一人での外出を控える」などの日常生活を制限されるケースが男性被害者よりも多いという。内澤さん自身も、島内での引っ越しを迫られた。
ストーカー被害について小早川さんの話などを聞き、加害者治療の重要性を知った内澤さん。男性の再逮捕後、治療を受けさせることを警察官や検察官に掛け合ったが理解されず、知人からは「治療を望むなんて優しい」とも言われた。こうした反応に対し、「それは違う。多くの加害者は服役しても1、2年で出所する。安全に暮らしていくために、被害者への執着を解いてもらいたいだけです」と訴える。
報復を恐れて沈黙する被害者も多い中、内澤さんは作家としての「執念」で19年にルポ「ストーカーとの七○○日戦争」を出版した思いを力を込めて語った。「『加害者に罰を与える』ことが中心の警察・司法の仕組みから、多くのストーカー被害者は取り残されている。被害者が、不安を抱えて生きていかねばならないのはおかしい」【西本紗保美】

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