参院選「切り抜き動画」で大混乱…“デマ拡散”なぜ止まらない? 元議員秘書の弁護士が警告「発信者・サイト運営者」の“法的責任”とは

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参議院議員選挙の投票日を今月20日(日)に控え、各政党や候補者は動画配信などのSNS戦略に力を入れている。
その他に、YouTubeなどの動画サイトで、一般人によって、演説や討論等の内容を短く切り取り編集を加えた「切り取り動画」が数多く配信されている。その中には、ことさらに発言内容を曲解し、デマや誹謗中傷を拡散しているとみられるものもある。
たとえば、石破茂首相があたかもテレビの討論番組で「都心は外国人富裕層が住めばいい、お金がない日本人は田舎に住め」という趣旨の発言をしたかのように伝える動画(石破首相等の写真とテロップとAIのアナウンスで構成)について、FNNプライムオンライン(フジテレビ系)が、実際の発言内容を紹介のうえ「曲解および過剰表現」と断じている。
このような「切り取り動画」にはどのような法的問題点があるのか。投稿者の法的責任、行政機関の取るべき対応、プラットフォーム事業者の責任等について、国会議員秘書の経歴があり、与野党を問わず政治家の名誉毀損事件への対応も多い三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。
三葛弁護士は、恣意(しい)的に編集を加えた切り抜き動画を拡散することのリスクに対する投稿者の意識があまりに不足していると指摘する。
三葛弁護士:「切り取り方や編集のやり方によっては、正反対の意味に受け取られる可能性さえあり、事実上、デマや誹謗中傷として機能するおそれがあります。
兵庫県知事選挙や昨今の国政選挙の例を出すまでもなく、誤った情報を基に有権者が投票行動を決めることに直結し、民主政の過程をゆがめる危険な行為です。
そればかりか、そうした切り抜きにより対象者の名誉を毀損した場合には名誉毀損罪(刑法230条1項。3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)、公職選挙法の虚偽事項公表罪(235条2項。4年以下の拘禁刑)に該当する可能性があるのに加え、損害賠償責任を追及されることもあり得ます。
ある日、警察官が家に来て『あなたが投稿した内容は違法の可能性があります。話を聞かせてください』と言われるリスク、裁判所より訴状が届くリスクを抱えることになります。
現にそのような投稿をしている人には、『あなたの責任は選挙が終わったからといって“チャラ”ではありません、いわゆるデジタルタトゥーになり得ます』と言いたいですね」
罪悪感、危機意識が欠如している背景には、情報の確かさや正しさよりも、人々の関心・注目を集めることが経済的価値をもつようになる『アテンション・エコノミー』の状況もある。
三葛弁護士:「YouTube等の動画投稿サイトのしくみは、再生回数に応じて投稿者に報酬が支払われるというものです。
投稿の際に内容の真実性や正しさの吟味はほぼ問題とされません。これは、いわゆる『オールドメディア』とされるテレビや新聞等が放送法や倫理綱領の制約の下、『裏取り』『ファクトチェック』を行い不確かな情報を極力排除しているのと大きな違いです。
かえって、『オールドメディアが言わないことに真実がある』などというあおり文句が横行し、出どころ不明で裏取りもない言説が影響力を持ってしまっています」
加えて、政治家や候補者の側が誹謗中傷等に対して弱い立場におかれていることも、この風潮に拍車をかけているという。
三葛弁護士:「インターネット上の誹謗中傷については、対応できる専門家は陣営にはなかなかおらず、組織だった有効な対抗措置を取ることも、日常的に備えることも、非常に困難です。
また、法的措置をとろうにも時間がかかります。プロバイダーに削除請求をした上で発信者情報開示請求を行い、相手方を特定したうえで、名誉毀損等での民事提訴、刑事告訴といった手順を踏むしかありません。
そして、政治家に対する名誉毀損はなかなか司法の場でも認められにくいこともあります。
その結果、明らかに一部のいわゆる『ネット民』がエスカレートしてしまっているように感じます。政治家が相手だと、あたかも自分がすごいことを言っているような錯覚に酔いしれることができる。名誉毀損も問われにくい。しかも、カネも稼げる。
インターネット時代の選挙の極めて重大な課題となっています」
昔なら、極論や真偽不明の言説は飲み屋での酔っぱらいのたわ言や便所の落書き等として片付けられ、ましてやマスメディア等からは歯牙にもかけられなかったはずである。
しかし、現在はインターネット空間で誰もがモノをいうことができる。むしろ、極論やゆがめられた言説ほど、面白い、たたきやすいと受け取られて注目を浴びやすく、かつ、カネもうけにもなる。
これでは、少なからぬ人にとって、「やらない手はない」ということになるだろう。一部の政党や政治団体が似たような手法を用いていることも、それを助長している。
ややこしい事態が発生しているが、どう対処すべきか。三葛弁護士は、各陣営が毅然(きぜん)として対応することはもちろん、場合によっては捜査機関が選挙期間中であっても対処することが重要であり、それは現行の法制度の枠内で十分に可能であると説明する。
三葛弁護士:「投稿内容の事前審査は表現の自由(憲法21条1項)の著しい侵害にあたるのでNGですが、事後の対応は現行法の範囲内で徹底的に行うべきでしょう。
これまで、捜査機関は、政治活動に対する過度の介入になることをおそれ、抑制的でした。しかし、ここ最近、行き過ぎた選挙妨害等を受け、姿勢が変わりつつあります。
うそが拡散されて信じられ、誤った事実認識に基づく投票行動がなされ、それに基づいて議員や首長が選出されれば、代表民主制の根幹が傷つけられます。そうなってからでは遅いのです。多くの場合、選挙をやり直すわけにもいきません。
名誉毀損についての被害届の提出や、公選法の虚偽事項公表についての通報があったケースについては、選挙中であってもきちんと捜査をすべきです。
なお、動画サイト等の媒体の運営者については、明らかに虚偽の内容に該当する切り抜きがバズっているにもかかわらず、削除せずに放置している場合には、運営者にも収益がもたらされていることも踏まえ、消極的とはいえ加担しているとも言えます。
事後的にも社会から非難されることもありうるため、良識ある対応が求められます」
昨今では、選挙期間中に候補者になりすまし、その候補者のイメージダウンになる投稿を行うアカウントも散見される。
三葛弁護士:「インターネット上でのなりすましは、公職選挙法235条の5『氏名等の虚偽表示罪』という犯罪にあたります。
したがって、これは提案ですが、たとえば各陣営、中央選管や各選管等が、プロバイダーやプラットフォーム運営事業者に対し、公正な選挙の実現や、犯罪抑止のため、選挙期間中は候補者と同姓同名での登録ができないようにするよう要請することも考えられます」
世の中には、なりすましの意図がない場合でも、候補者と同姓同名の人もいる。憲法が保障している『表現の自由』(21条1項)の侵害にあたらないか。
三葛弁護士:「いまも認証バッジ等の運営事業者側の対応がなされておりますが、選挙についてはときに取り返しのつかないダメージがあることから、まずは自主的な取り組みとして検討していただきたいと思います。
あらかじめアナウンスしておけば、選挙期間前に登録したり名乗ったりすることは可能です。また、候補者と同じ登録名での投稿ができないだけで、投稿自体はいっさい禁止されません。
さらに、その期間も選挙期間中のみとごく限られています。したがって、表現の自由に対する制約の程度は軽微であり、侵害にはあたらないと考えられます」
以上のような、行政ないし捜査機関が現行法の範囲内で行う対処法に加え、表現の場を提供している、動画投稿サイト等の媒体の運営者、すなわちプラットフォーマーにも、社会的責任の一環として相応の対応が求められると説明する。
三葛弁護士:「プラットフォーマーは、今やすさまじい影響力を持っており、その影響力に応じた社会的責任を負うべきです。
まず、選挙に関連する投稿は、収益を生じないしくみにすることが考えられます。たとえば動画投稿サイト等のプラットフォームにおいて『選挙期間中に政治関連を取り扱ったものについては報酬を支払わない』あるいは『報酬を100分の1にする』などのルールを作ることです」
動画サイトで切り取り動画が氾濫する理由は、結局のところ「カネがもうかる」ことが大きいという。
三葛弁護士:「分かりやすい例を挙げると、6月の東京都議会議員選挙では、切り取り動画によるデマや名誉毀損等はあまり問題になりませんでした。しょせんは東京都という一自治体のローカルな選挙で、全国的に脚光を浴びるものではないため、視聴数を大きく稼ぐことができず『カネ』にならなかったからと分析する報道もありました。
したがって、収益を得させないことは極めて有効だと考えられます。もちろん、プラットフォーマーは民間の事業者なので、規約等でこのような取り決めをしても表現の自由の侵害の問題は生じません。また、公序良俗にも違反しようがなく、有効です。一方で、ある候補者を真摯に応援するために動画を作成する方についてはなんら妨げになりません。
ただし、新聞やテレビ等の既存のメディアが選挙期間中も広告収入があることとの整合も意識する必要はあります」
さらに、投稿者に対して事前の注意喚起の文言を表示させる方法もあるという。
三葛弁護士:「たとえば、選挙期間中に政治に関する情報を投稿しようとした場合(AIによる分析でそうした事前チェックも可能になってきているようです)、その都度、テロップで注意喚起する文章を表示させる方法があります。
その上で、お金にならないよ、犯罪になるかもしれないよ、損害賠償請求されるかもしれないよ、となると、おそらく、こうした動画は、潮が引くようになくなっていくでしょう」
最後に、三葛弁護士は、参院選の投票日に向け、情報の根拠を見極めることの重要性を指摘し、不確かな情報や虚偽の情報をうのみにして投票行動を決めることの危険性を警告した。
三葛弁護士:「出どころや根拠すらあやしい話が、SNSやプラットフォーム等を通じて容易に垂れ流されて拡散し、信じられてしまう状況が現に生じています。『カネ目当て』の動画投稿者等がそれに乗じています。
それらをもとに選挙での投票が行われてしまえば、社会全体がダークサイドに堕ちるのは時間の問題です。
まずは、現行法の枠内において、各陣営や捜査機関ができることを行うとともに、収益化しにくい仕組みづくりを進めていくべきです。民主主義を守るため、一歩踏み出すことが求められる時代です」

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