誰が今さら「早慶上智」などと言っているのか…上智ボロボロ、早稲田は慶應を凌駕「数学出来ない人間はダメという論文」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学のパワーバランスに変化がみられる。かつては「早慶上智」などと3つの大学をまとめて言っていた人もいたかもしれないが、この中で早稲田が頭一つ抜け出し、上智は逆に低迷している。一体なぜそんなことが起きているのか。経済誌プレジデントの元編集長で、教育事情にも詳しい作家の小倉健一氏が解説していくーー。
まず冒頭で大学とは、少し関係のない話をするが、現在の慶應義塾大学、早稲田大学、上智大学を語る上で欠かせない話題がある。最近注目を集めている中華製の生成AI「DeepSeek」だ。業界内で騒然となった理由は、その性能がアメリカのトップクラスのAIと同等か、それ以上と評価されながら、開発コストがわずか10分の1以下に抑えられている点にある。
これほどの低コストで、高性能なAIを開発することが可能になった理由について、開発者自身が語るところによれば、学習方法の革新にある。従来のAI開発においては、大量のデータを使用し、多様な質問とその回答を学習させる手法が一般的であった。たとえば、チャットGPTの場合、「はい」か「いいえ」では答えにくい複雑な質問を数多く学習し、それに適切に対応できる能力を高めるアプローチを採用してきた。大量の質問をランダムにぶつけ続けることで、言語処理能力と推論力を向上させるという方法だ。
これに対して、「DeepSeek」は異なるアプローチを採用した。まず、答えが明確に定まっている数学の問題を大量に学習させ、論理的な思考能力をAIに身につけさせることを優先した。この方法を取ることで、単に膨大なデータを詰め込むのではなく、論理的に推論し、自ら答えを導き出す能力を強化することができた。この手法の大きな利点は、学習データの総量を抑えながらも、推論力と回答の正確性を向上させる点にある。結果として、開発コストを劇的に削減しながら、高い性能を実現することが可能となった。
この手法は、単にAI開発のコスト削減という観点だけでなく、人間の学習方法にも示唆を与えるものとなる。数学を学ぶことが論理的な思考力の向上につながるという研究成果は、これまでも数多く発表されてきた。
AIが数学的思考を通じて、推論能力を高めたのであれば、人間の教育においても数学の学習が論理的思考の基盤を築くために有効である可能性は高い。単に暗記に頼るのではなく、思考の枠組みを強化することが、知的な問題解決能力の向上につながるのではないか。
いくつか例示してみよう。
『数学的に卓越した男性と女性の人生の軌跡と達成―40年後の分析』(2014年、ヴァンダービルト大学)では、以下のような指摘がされている。
<数学的な才能があると認定された13歳の男女(1650人)を40年以上追跡し、彼らの職業的成果、創造的業績、心理的幸福度、家族構成、人生の価値観を分析した>
<結果として、彼らは一般的な期待値を大きく上回る成果を残していた。例えば、研究対象者の4.1%が有名研究大学の終身教授となり、2.3%がフォーチュン500企業や有名企業のトップエグゼクティブになった。さらに、2.4%が著名な法律事務所や組織で弁護士として活躍していた。知的生産活動の面でも、85冊の書籍、7,572本の査読論文を出版し、681件の特許を取得し、3億5,800万ドルの研究資金を獲得していた>
数学の落ちこぼれに関するデータもある。
『「数学で失敗すれば人生でも失敗する」―機会均等への障壁を学ぶ』(2014年、オーストラリア・カトリック大学)では、次のような点が明らかになった。
<数学の学習には社会で成功するための重要なスキルが含まれている。しかし、数学不安(Maths Anxiety)を抱えることで数学を避けるようになり、将来の選択肢が狭まり、生活の質(Quality of Life)が低下する>
<数学不安の影響は、学業成績の低下にとどまらず、長期的なキャリア形成にも影響を及ぼす>
<数学不安があると、以下のような職業選択の制限が生じる。(1)STEM(科学・技術・工学・数学)分野の回避、(2)高収入職へのアクセスの減少、(3)数学の重要性を認識できず、非効率な意思決定をする>
人生において、いかに数学が大事かということがお分かりいただけただろうか。冒頭にあげたこれら3つの、名門と呼ぶべき大学は、それぞれの道を歩み、結果が徐々に出つつある。
まず、伝統を捨て去り、数学を受験の必須科目とすることで大成功を収めたのが早稲田大学である。
かつての早稲田大学の入試は、暗記型のマークシート試験や極端に専門的な知識を問う問題が多く、文系3教科型の受験が主流であった。この形式では、知識の詰め込みが重視される一方で、論理的思考力や総合的な学力を持つ受験生にとっては不利な側面もあった。この状況を打破するため、大学は思い切った入試改革に着手した。
政治経済学部を先陣とし、試験形式と出題範囲を大幅に見直した。共通テストの導入や数学の必須化により、東京大学や一橋大学などの国立大学と併願する受験生もターゲットとする入試制度を構築した。この改革により、偏差値の維持だけでなく、受験生の質の向上も実現している。
長年、目の上のたんこぶのような存在であったライバル・慶應義塾大学を偏差値で上回りつつある。現在、河合塾、東進、ベネッセの偏差値分布表を参考にすると、難関私立大学の序列は明確になっている。
最上位に位置するのが早稲田大学であり、僅差で慶應義塾大学が続く。その下には同志社大学や上智大学が並び、さらに立教大学、明治大学が続く。中央大学法学部や法政大学はやや差が開き、青山学院大学、中央大学の非法学部、国際基督教大学、学習院大学が後に続く。
慶應義塾大学が早稲田大学に抜かれつつある状況が、各種データからも浮き彫りになっている。
慶應義塾大学は「独立自尊」を掲げ、伝統的な入試制度を守り抜こうとしているようである。慶應義塾大学の松浦良充常任理事(教育・入試担当)によれば、毎日新聞(2024年11月13日)で以下のように述べている。
「全体的なバランスや多様性より、ぜひ慶應で学びたいと強く思ってくれる人に集まっていただきたい」
さらに、一般選抜に限界はあるかという問いに対して、次のように答えている。
「総合型選抜では、高校時代に何をしてきたのかということを確認した上で判断することができます。他方で一般選抜の出題は、アドミッションポリシーに沿って学部や大学から社会に対して、こういう学生をとりたいというメッセージを発信している、と学部も強調してきました」
慶應義塾大学の入試では、小論文が特徴的である。小論文は学力よりも思考力や柔軟性を重視している側面が強い。
作文能力や国語能力は数学を解く能力と隣り合わせであり、文章を書く力が高い者は、基本的に数学的思考力も備えていることが多い。しかし、慶應義塾大学の入試は、早稲田大学ほど数学能力を絶対的な基準とするものではない。あくまで慶應義塾大学に忠誠を誓う学生を取ろうとしているが、早稲田大学は東京大学を志望するより質の高い学生を取ろうという意欲が見える。
10年以上前は明らかに慶應義塾大学のほうが偏差値的に格上と見なされていたが、近年は早稲田大学の入試改革によって学生の学力水準が大幅に向上している。今後、社会の中枢を担うのが、伝統を守り続ける慶應義塾大学なのか、それとも入試制度を改革し続ける早稲田大学なのか。その行方には注目が集まる。
最後に、上智大学について触れる。「早慶上智」と並び称された時代から大きく後退し、現在ではその枠組みから脱落しつつあるように見える。
「早慶上智」とまとめられる上智大学は、四谷という抜群の立地にもかかわらず、早稲田大学と慶應義塾大学から大きく突き放された。
「むしろ『早慶上智』と言われていた時期がバブルだったのだと思います。人気がはじけて、本来の位置に戻ったのでしょう」
「独自入試が仇になりました。英検協会と共同で開発した英語試験『TEAP』か共通テスト、どちらかの受験が必須でハードルが高い。ただし前者は何回も受けられるので、英語が得意でコツコツ型ならば穴場かもしれません。外国語学部の看板は就活でも十分に通用しますし」
これは「週刊現代」(2025年2月1・8日号)の記事『大手予備校職員が明かした「コスパが悪い大学」の実名…もはや「早慶上智」とは呼べなくなってきた』に掲載された予備校関係者の証言である。
入試に関わる人物たちからここまで厳しく指摘されると、反論の余地も限られるのかもしれない。しかし、上智大学が数学を軽視してきたことが、この状況を招いた要因の一つではないかと感じる。
数学を重視しない入試制度は、一部の受験生には魅力的に映るかもしれないが、結果として幅広い学力を持つ学生の流入を妨げる可能性がある。英語力に特化した学生を集めることで特色を打ち出してきたが、数学的思考を問う入試を課さなかったことが、結果的に大学の評価や偏差値の低下につながったのではないか。
筆者自身も、国立大学を卒業したが、数学が苦手で、入試では数学の比重が低い方式を選択し、論文入試を突破した。しかし、「数学ができない人間はダメだ」という論文や記事に触れるたびに、自身の学力の偏りを痛感し、30歳を過ぎてから高校数学の教科書を新たに購入し、一通りやり直した経験がある。
それが人生にどう影響を与えたのか、あるいは今後成功につながるのかは分からない。ただ、数学の能力は後天的にも身につくものであり、数学を苦手とする意識自体が、人生の様々な場面で障壁を生むことは間違いない。
慶應義塾大学であろうと、上智大学であろうと、数学は最低限学んでおくべきである。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。