2022年度の人口動態調査によると、婚姻総数の約25.2%が再婚だという。
4人に1人が再婚しているという時代において、子連れ再婚は珍しい家族形態ではなくなったが、すべてを1からスタートさせる初婚同士のカップルに比べ、デリケートな問題が多々ある。
その最たるものが連れ子との関係だろう。
自らの意思で配偶者を選んだ夫婦と違い、子供は親の離婚も再婚も選べない。
大げさに言えば、親のエゴに巻き込まれたようなものであり、だからこそステップファミリー(子連れ再婚家庭)は連れ子との親子関係の構築が最大の課題と言っても過言ではない。
一方で、「愛する相手との子供が欲しい」というありふれた欲求も、ステップファミリーでは慎重にことを運ぶ必要性がでてくる。
「再婚をしてもパートナーから「子供は作らない」、再婚相手の親族から「子供を作らないでほしい」と言われることがあります。特に継親と継子の関係が安定していないうちには、新しく子供が生まれることで家庭が複雑になる可能性があります。
経済面、過去の妊娠出産にまつわるトラウマ、夫婦の年齢など、さまざまな問題を考慮して、新しく子供を持たない選択をするステップファミリーは多い」(ステップファミリーの家庭問題を支援するカウンセラー・平田えりさん)
ならば「夫との子を産みたい」という、妻に湧き上がった自然な気持ちが拒否されたとき、一体どうすればいいのだろうか――。
九州地方在住の望月里美さん(仮名・34歳)は、職場の上司だった誠司さん(仮名・41歳)と3年前にゴールイン。夫の誠司さんには病死した妻との間に二人の息子がおり、里美さんは結婚と同時に、当時6歳と4歳の男児の母親となったが、自分でも子供を産みたいと思うようになった。
昨年の初め、ピル服用をやめた里美さんは妊娠に至ったが、喜んでくれると思っていた夫に「これ以上子供はいらない」と出産を大反対され、泣く泣く堕胎したのは前編でも触れたとおりである。
精神的に不安定になり、夫の連れ子に対し「アンタたちさえいなければ」と考えるようになった里美さんは、心療内科にも通ったものの、憎悪は殺意へと変わった――。
前編記事『「アンタたちさえいなければ!」…34歳妻が《夫の連れ子》を憎悪し、殺意を抱いた「許しがたい理由」』よりつづきます。
夏休みのある日、里美さんは子供たちを車に乗せて買い物に出かけた。
お昼ごはんを済ませると昼寝をするのが日課になっていた子供たちは、車を走らせるとすぐにすやすやと寝息をたて始めた。
「いつもはお昼寝から起きてから、夕方の涼しい時間に一緒に買い物に出かけていたのですが、その日は夫の都合で夕飯の支度を早めなければならなかったんです」
炎天下の中、車を走らせていた里美さんはバックミラーに映った子供たちの様子に目をやった。そして、かつては愛しくて仕方なかった寝顔を見ても、何の感情も湧かなくなっていることを再確認した。
「いつから自分はこんな冷たい人間になったんだろうと思いました。私をこんな風にしたのはこの子たちだ。この子たちがいなくなれば、もしかしたら夫は私に新しい子供を産ませてくれるんじゃないか? そうすれば私はきっと元の優しい良い母親に戻れるはず…そんな風に考えました」
買い物ルートから離れ、自然と人気のない山道を走り始めていたという里美さんは、廃墟化したドライブインの裏手に車を停めると、車内に子供たちを残したままその場を離れた。
「炎天下の車中に閉じ込められた子供たちがどうなるかはわかっていました。私は直接自分で手を下すことなく、子供たちを葬りたかったんだと思います」
「しばらく建物に隠れて車の様子を見ていた」という里美さんは、30分ほど経過後、そのまま徒歩で山を下り、目の前にあった「道の駅」の事務所に何食わぬ顔で駆け込み、「道の駅の駐車場に子供を乗せたまま停めておいたはずの車がない」と訴えた。
その道の駅で当日、管理事務所にいた従業員(男性・50代)がその時の様子を振り返る。
「お母さんが事務所に飛び込んで来た時はびっくりしました。すぐに地元の警察を呼んで、警察が到着するまで、私も事情を聞きました。でも、お母さんの説明は二転三転するし、慌ててはいたけど、あまり深刻そうでないというか、切羽詰まった感じがなかった。正直言うと、途中からおかしいなと感じていました」
「狂言ではないか」と感じていたのは警察も同じだった。「道の駅の駐車場に停めた」と話す一方で、里美さんが警察官を案内した場所は、正規の駐車場からは離れている不自然な場所で、防犯カメラの死角になっている場所だったからだ。
盗難か、誘拐か、それとも狂言か――。
現場に緊張感が走るなか、現場にいる警察官のもとに「里美さんの車が発見された」という連絡が入った。
「たまたま通りがかった観光客が放置されている車を見つけ、中に子供がいるのに驚いて、救助したということでした」(道の駅従業員)
救助や通報のタイムラグにより連絡が遅れてしまったものの、実は里美さんが現場を離れて間もなく、この観光客に車は発見されたようで子供たちは元気だったという。
だが、これで終わったわけではない。警察官は里美さんに任意同行を求め、聞き取りは最寄りの警察署に場所を移してからも続いた。
「いろいろ聞かれているうちに面倒くさくなりました」
里美さんは警察署の小部屋で、狂言だったことを認めた。
そして動機や殺意の有無について、さらに追及が始まった頃、警察からの連絡を受けて子供たちを引き取りに来た誠司さんが、子供たちの手を引いて登場した。
不安そうな顔をしていた子供たちは里美さんの姿を見ると、すぐに「ママーッ」と飛びついて来たそうだが、誠司さんは冷めた様子だったという。
「夫は私以上に面倒臭そうな顔をしていました。夫は私に一瞥をくれるとすぐに警察官に、私が心療内科にかかっていることを訴え始めました。夫曰く『妻は子供を流産した後に精神的に不安定になり、わけのわからない行動を普段からとるようになった』そうです。
笑っちゃいますよね。無理やり中絶させたくせに『流産』とか言っちゃうし、家事や育児以外の私の行動なんてまったく興味がないクセに『普段から』とか知った風な口をきくし、ふざけんなよって思いました」
あまりの茶番に思わずその場で笑い出したという里美さん。
これが奇行に映ったのかどうかは不明だが、里美さんは解放され、この騒動は事件化もしないで終わり、里美さんは実家に連れ戻されることになったという。
「私が実家に連れ戻されたのは、夫が私の親に告げ口をしたからです。ご丁寧に『里美が子供たちを殺そうとした』という説明つきです(苦笑)。私は『殺そうとした』なんて一言も言っていないのにね。まあ、夫は察していたってことですよね。少しは自分も悪かったって気がついていたのかな?」
事態を重く見た里美さんの実家は「犯罪者になりかけた」娘を慮り、誠司さんに対して離婚を申し出たそうだが、誠司さんは「子供たちが里美を必要としている」として、これを拒否している。
「私としても、未だに私のことを慕って、実家にまで会いに来てくれる子供たちの顔を見ていると、戻ってあげたい気持ちになりますが、そう簡単には行きません。あの日の自分を許せずにいますから」
里美さんは現在も心療内科に通って治療中だが、妊娠と夫の拒絶、堕胎を経験し、夫の連れ子に対する愛情も見失ったままだ。
「妻が愛する夫との子供を欲しがるのは至極自然なことですが、ステップファミリーの場合は義理の親子関係は当然として、夫婦関係が余程うまく行っていないと難しいと思います」と話すのは、前出のカウンセラー・平田えりさんだ。
「彼女のケースの場合、心理的な喪失と未解決の悲嘆が積み重なったことが、今回の出来事につながった可能性が高いと考えられます。
まず、彼女は『自分の子供を持ちたい』という自然な願いを夫に拒絶され、その結果として堕胎を経験しました。このような経験は、深い悲しみや喪失感を伴い、時に怒りや絶望へとときわることがあります。
しかし、彼女の悲しみが適切にケアされることなく、日常の育児や家族生活の中で押し込められてしまったことで、やがて夫の連れ子への愛情が憎悪に変わっていったのかもしれません。
いずれにしても、今は彼女自身が自分の心の傷と向き合い、回復していくことが最優先だと思います。心療内科での治療を継続しながら、できればグリーフワーク(喪失の悲しみを癒すためのプロセス)や、ステップファミリー特有の心理的課題に対応できる専門家のサポートを受けることが重要でしょう」
また、離婚を拒否している夫に対してはこう言及する。
「夫との関係も見直す必要があります。夫の『子供たちが彼女を必要としている』という言葉は一見美しく聞こえますが、それが彼女にとって負担になっているならば、共依存的な関係になってしまう可能性もあります。彼女が『戻るべきかどうか』で悩むのではなく、『自分がどうすれば幸せになれるのか』を第一に考えられる環境を整えることが大切です。
ステップファミリーは、血のつながりがないからこそ、お互いの気持ちに寄り添い、じっくりと関係を築いていくことが求められる家族形態です。今回のようなケースでは、まず彼女自身の心のケアを最優先し、回復した上で、子供たちとの関係をどうするか考えるのが良いでしょう」
夫や夫の連れ子に対する愛情を実感したことで、自分の子どもを産みたいと言う気持ちを強くした里美さんが、その夫や連れ子が原因で子どもを産ませてもらえなかったというのは皮肉にしかならない話だ。
子供に手をかけようとしたことは決して許される行為ではないが、里美さんが自分自身を見失っても不思議ではない理由だとも感じる。
「誰も幸せになれなかった」ように見える里美さんの生活に、これからの未来や希望がみえることを願ってやまない。
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