「SNSの広がりと共に、鉄道ファンの方の熱意は増していると思います。泊まりがけの撮影や、地方への遠征をする方も多く、それが浮気につながることもあるのです」と語るのは、探偵の山村佳子さん。横浜のリッツ探偵事務所の代表だ。
東海道・山陽新幹線の点検車両「ドクターイエロー」のうち、JR東海が所有するT4編成が最後の検測走行を終えた。老若男女多くの鉄道ファンが集まって、これまでの感謝の思いを伝える温かい風景も多く見られた。
好きなものを追いかける趣味は人生を豊かにするが、それが隠れ蓑となって浮気につながる例を、山村さんは見てきたという。今回山村さんのところに来た43歳の陽子さん(仮名)は、5歳年上の夫のことで調査を依頼した。ふたりの間には10歳の息子がいる。
前編「電車に無関心だった48歳夫が突然「撮り鉄」になって43歳妻が見たもの」で詳細を伝えたように、息子が電車が好きでも無関心だった夫が突如鉄道の撮影にハマり、地方にも行くようになり、怪しい行動が増えたのだ。もともと真面目で堅実な家庭を築いていたのに、このままでは家族が破綻してしまうと不安を抱いてやってきた。
派遣社員の陽子さんが、自動車関連会社に勤務する夫の浮気調査依頼に至る背景を振り返ります。マッチングアプリで出会った2人はお互いの好みや条件が合い13年前に結婚。3年後には息子も誕生し、東京郊外にある一戸建てで生活しています。
穏やかで落ち着いた生活を送っていましたが、異変があったのは1年前。夫が突然鉄道撮影にハマったのです。それまで、休日はほとんど家から出なかったのに、土日は車で外出するように。
夫は30万円もするカメラを自分のお金で購入し、撮影にのめり込んでいきます。陽子さんは、趣味に夢中になってお金を使う人間に嫌悪感がありました。実は陽子さんの父がソフビ人形コレクターで、高額な人形でもすぐに買ってしまい、その浪費に苦しんだのです。母が休まずに働いたお金も、父は人形やコレクションに使ってしまい、陽子さんは優秀な成績だったのに大学進学をあきらめざるをえませんでした。
だからこそ結婚相手の外せない条件を「定期的収入のある人」「無趣味な人」として、サラリーマンの夫の給料もきちんと管理し、自分の給料はほぼ貯金に回すなどしていました。こうして穏やかな生活を維持していたのですが、13年目に裏切られた形になります。
夫は陽子さんの思いも知らずか、撮影中に食べるのか、家から食糧を持ち出すこと。麺や野菜、ハムのほか、カセットコンロのガスボンベまで持って行くとのことでした。しかも3ヵ月前までは1人分だったのに、今では増えていることも気になります。
さらに、鉄道撮影はお金がかかる趣味です。ガソリン代や高速代などの費用が嵩んだのか、夫はそれまで趣味の活動を小遣い(月8万円)で賄ってきましたが、「家計から2万円貸してほしい」と言ってきます。
陽子さんは断固として渡したくありませんでしたが、夫の収入があるから今の生活は維持できていると考え、2万円を渡さざるえを得ませんでした。
さらにその3日後、息子と近所のファミレスに行き、窓から駐車場を見ると夫の車がある。夫にLINEをすると、すぐ既読になったので、窓から手を振ります。すると、車は慌てた様子で敷地から出ていったそうです。
ほんの一瞬ですが、陽子さんは助手席に人がいることを見てしまい、浮気の可能性を疑います。もし、浮気をしていたら陽子さんは二重に傷つくことになる。なぜなら、夫は性欲が弱く、陽子さんから求めても拒否しているという背景があり、セックスレスはもう7年半も続いているからです。
一体、夫は土日に何をしているのか。陽子さんが「元の家族に戻りたい」という願望もあるので、調査をすることにしました。
夫は、土曜日の12時ごろに家を出ることが多いと聞き、朝10時から家の前で待機しました。陽子さんの家は注文住宅で、いい建材を使っています。シンプルで手入れが行き届いており、陽子さんの家への愛着が伺えました。
カーポートには自家用車があります。かつては夫が洗車をしていたようですが、今は薄汚れており、細かい傷が入っています。鉄道撮影のために、侵入禁止の場所に入ったり、駐車してはいけない場所に車を停めることが社会問題になっています。夫はマナー違反をしているのではないかと考えてしまいました。
10時に夫は出てきました。カメラバッグと三脚、お菓子や手作りおにぎりらしきアルミの包みが透けて見えるスーパーの袋を抱えています。夫は背が高く、がっしりしており48歳という実年齢から若く見えます。ふさふさな髪も黒く染めており、流行のアウトドアブランドのウィンドブレーカーを着ていて、おしゃれです。
夫は慣れた様子で車のエンジンをかけると、埼玉方面に向かいました。ある駅の前で停車し、10分ほど誰かを待っている。すると、ニットキャップをかぶってウインドブレーカーにカーゴパンツを履た小柄な人がやってきて、助手席に乗りました。
車は高速に乗り、栃木方面に向かいます。埼玉県内のインターで降りて、道の駅に入りました。夫と小柄な人は別行動をしており、2人は購入したものをトランクに入れ、隣接するフードコートへ。無言のままそばをすすっており、ファミリーだらけの周囲からやや浮いていました。撮り鉄の仲間なのでしょうか。
その後もパワースポットらしい神社の参拝も別々に行っており、不思議な感じがしました。コンビニに立ち寄ったり、パン屋さんに行ったりしているうちに、夕方4時に。夫の車は近所を無意味にぐるぐるしたり、ドラックストアに入ったりして、17時に近くにあるラブホテルに入っていきました。
駐車場に車を停め、荷物を抱えて中に入っていきます。望遠で見ると、小柄な人は女性のようで、性別がわからないくらいスリムな体型。雰囲気も中性的でクールな印象の人でした。夫と女性と思われる人は無言で一番安い部屋を選び、部屋に入っていきます。朝10時まで動きはありませんでした。
ここは17時から宿泊料金が適用されるので、女性と一緒にいる時間を長く持つためだったのでしょう。持ち込んだ食べ物をここで食べたのか、出る時にはスーパーの袋の荷物は少なくなっていました。
近くのファミレスで、無言で朝ごはんを食べています。それから、鬼怒川方面に向かい、畑の近くの砂地の部分に三脚を立てて待機。2人でSLを撮影していました。撮影は一瞬で、道具をすぐに片付けて、日帰り温泉に入って18時には東京に戻っていました。夫は女性をピックアップした駅で下ろし、帰宅。
外にいる間、2人は距離を保っているし、ほとんど会話をしなかったので、どういう背景があるか、全くわかりませんでした。
以上を報告すると「一体どういうことなんでしょうか」と、陽子さんは首を捻っていました。夫と女性の間には、心の交流のようなものは感じられず、友達同士で撮影に行っているかのようでした。でもそれにしては、ラブホテルの滞在時間が長すぎる。
陽子さんは、朝の夫の荷物の画像を拡大し、「私が炊いたご飯をおむすびにして、持っていっている!こういうところが許せない」と怒っていました。
家に帰った陽子さんが、帰宅した夫に「週末に鬼怒川に行ったでしょ。最近、あなたがおかしいから浮気調査をした」と包み隠さず話したところ、夫は「申し訳ない。浮気しました」と謝ってきたそうです。
翌日、カウンセリングルームに来た陽子さんは、「すごいショックなんですが、夫はものすごく反省しており、元の家族に戻りたいと言ってきたんです」と目を真っ赤にしています。
「夫は幼い頃から夢中になれるものがないというコンプレックスを抱えていたそうです。スポーツも音楽もやってみるとすぐ飽きる。このまま仕事だけではダメだろうと思っていたところ、鉄道を撮影する“撮り鉄”のニュースを見たそうです」
そのニュースでは、いい写真を撮るために他人の私有地に入り、ものを壊したり木を切ったりする犯罪行為がクローズアップされており、「そこまで人を夢中にさせるのか」と興味を持ち始めます。
「スマホで鉄道写真を撮るサークルに入り、東京駅や日暮里など都内でいい写真を撮る方法を教えてもらううちに面白くなり、ハマり始めたそうです。“もっとハマれるかも”といいカメラを購入したらしいです」
女性とはサークルで出会い、家が近いことで意気投合。女性も結婚しているそうです。だから知り合いに見られたときのために、よそよそしくしていたのだと納得してしまいました。
「夫は男子校から工業系の大学に進学したために、周囲に女性がいなかったこともあり、セクシーな女性が苦手。私とレスになったのも、私がセクシーな下着を着て迫ったから。それが気持ち悪くてできなくなってしまったそうです。彼女は夫の好みのドンピシャで、彼女も夫婦関係に問題を抱えていた。相談するうちに関係が深くなったそうです」
それが3ヵ月前のことだったとか。その後、夫と女性は、車で四国や東北まで撮影に行ったそう。
「夫は泣きながら謝っていて、“今後、家族3人でいろんなところに行こう”と言っていましたが、そう簡単には許せません。とりあえず、保留ということにしました」
調査以降、夫は毎日家に帰ってきて、土日も家にいるようになったそうです。あれほどのめり込んでいた鉄道写真の熱も冷めてしまい、カメラも売却。20万円を陽子さんに「ごめんなさい」と渡してきたそうです。
「なんだか拍子抜けしてしまって、何事もなかったかのように家族をやっています。また夫が別のものにハマり出した時に、堂々と離婚ができるように私も仕事を頑張ります」
人生100年時代と言われ、「仕事以外に趣味を持て」「推し活でいつまでも元気」などと趣味を礼賛する傾向は強くなっています。もちろん素敵なことではありますが、そこで「何かやらなくてはいけない」という焦りが、趣味に走らされてそれが浮気につながったのです。ただ、夫は「鉄道を撮影する」という「撮り鉄」ではなく、鉄道を撮るということを口実に旅をすることを楽しんでいたようです。鉄道が好きな実際の撮り鉄ではなく、撮り鉄のみなさまのように夢中になることに憧れてやってみた中で、スリリングな恋愛を楽しんでいたのです。
夫はこうして一時的に趣味にのめり込んでも、本当に好きでないからこそ、すぐに辞めてしまいました。これは浮気も似ています。基本的に足りないものを埋めるための恋愛なので、長く続かないことが多いです。今回は、お互いに既婚者だったので、久しぶりのときめきを楽しんだだけで終わりました。
夫婦は長い歳月を同じラインの上を歩いています。今後も陽子さんは地に足をつけた生活を続けるでしょう。それに、「推し活」は人生を豊かにするものではありますが、推し活をしなければならないわけではありません。なにかに夢中にならなくても。堅実な生活を大切にするという暮らしのなかで感じる幸せを楽しんでいく生き方も、とても豊かではないでしょうか。
夫は陽子さんを信頼していたから浮気をしたのかもしれません。そんな甘えは2度と通用しないこともわかっているでしょう。今回の調査で、夫婦の結束は固くなったのではないかと感じています。
調査料金は20万円。(経費別)です。
電車に無関心だった48歳夫が突然「撮り鉄」になって43歳妻が見たもの